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【阿川佐和子】海千山千の政治家あしらうゴッドマザー

2012.02.02


阿川佐和子【拡大】

 人生もまとめの年齢の差しかかると、いまのうちに会える人に会っておきたい、と思うようになる。「この人に会いたい」というよりは「この人に“再会”」という心境だ。

 佐和子さんと初めて会ったのは30年ほど前の1981年の暮れ。入社2年目の若造記者が「月刊正論」のグラビア取材で父上の阿川弘之氏のご自宅を訪ねた折、父娘で一緒に収まってもらったのが横にある写真(写真家・杉全泰氏撮影)。佐和子さんは偶然、自宅におられたのだが、なかなか一緒の写真をOKしてくれなかった。

 シャイだなあ、なんて思っていたら、その後キャスターとしてテレビに登場し、正直びっくりした。その後の活躍はご存じの通り。「TVタックル」(テレビ朝日系、毎週月曜午後9時)では、海千山千の政治家や評論家を軽くあしらうゴッドマザー的存在だ。

 当時、“花嫁修業中”だと思い込んでそのようなキャプションを書いてしまったが、「あのころは、嫁に行く気分満々でした」というから、聞き間違いではなかったようだ。

 だが、テレビから活字にも活動の場を広げ、多忙で嫁入りどころではなくなったのか。週刊文春の名物対談「阿川佐和子のこのひとに会いたい」もこの春で20年目に入るそうだ。

 近年はエッセーや小説も執筆しているが、対談やインタビューについてはもうベテランで、先日上梓したばかりの『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)に至ったのは当然の流れだと思う。しかし、親しい編集担当者から新書出版の企画を持ち出されたときは、「えー?!」だったそうだ。

 「今の新書は枠が広くなっていますが、私たち世代には学術的な意識が強いんです。そこに書けって言われたので、やめてよーって(笑)」

 奥ゆかしさは相変わらずなのだ。だが、そんなことは編集者も先刻承知。じっくり説得させられたという。

 「インタビューの“指南本”にするのじゃなくて、阿川さんの経験、失敗談を書いてもらえればいい。指南本、ノウハウ本にはしないという立場で語りの形で書いていく、というので、迷ったんですけど…」

 これには伏線もあった。昨年5月に放映されたNHKの「課外授業 ようこそ先輩」だ。母校の東京・新宿区立四谷第六小学校を訪ね、「きょうは 聞き手に徹してみよう」というテーマで出演した。

 「子供たちにインタビューの方法をどう教えるか、珍しいくらい真剣に考えました。あの番組でやった方法ならいくつか章立てできるかな、という気持ちになったんです」

 自分の努力が足りないと思っていることも赤裸々に暴露して書いた。

 「インタビュアーになろうと思う人たちが読むのではなく、普通の人たちのために書きました。お母さん同士のコミュニケーションや夫婦の会話など日常生活の会話の中で役立つ本にしたかったんです」

 これまでインタビューした人は1000人近いそうだから、その相手も幅が広い。昨年は分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授との対談集『センス・オブ・ワンダーを探して』(大和書房)を出版した。生命の話のみならず、子供のころの読書体験なども語り合っている。

 「福岡先生は理科系でありながら、文化的情緒の豊かな人です。どの引き出しを引っぱっても面白いから、私は聞き役ばかりでした」と言うが、いい質問をしたからこそ話が膨らんだのだろう。引き出しの開けさせ方が上手な人なのだ。今回のインタビューでも、つい自分のことを話してしまいそうになるほどだった。

 「以前、テレビのプロデューサーから『キミは専門の人と専門の人をつなぐ役割をしているから自分の専門をもたなくてもいい』と言われたことがあるんです。その人が持っている魅力的な宝を話してもらって、それを後ろの人に『ねえ、分かった?』と伝えるのが私の役割なのかなと思っています」

(ペン・竹縄昌 カメラ・荻窪佳)

 ■あがわ・さわこ 1953年11月1日、東京生まれ、58歳。慶応義塾大学文学部卒。81年、リポーターとしてテレビ出演。83年、秋元秀雄氏(元読売新聞記者。故人)司会の「情報デスクToday」のアシスタント。秋元氏に怒鳴られながら鍛えられたという。その後、故・筑紫哲也氏の「NEWS23」サブキャスターなどを務め、98年から「ビートたけしのTVタックル」キャスター。昨年秋からトーク番組「サワコの朝」(TBS系、土曜朝7時半)の司会も務める。

 女優・檀ふみとの共著『ああ言えばこう食う』(集英社)で講談社エッセイスト賞受賞。小説『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞受賞。「小説 野性時代」(角川書店)に『正義のセ』連載中。

 

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