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【経済快説】たくぎん、山一の破綻から20年で考えること 一つの会社だけで職業人生は完結しない (1/2ページ)

 20年前の11月は北海道拓殖銀行と山一証券が破綻した月だった。それぞれの命日(破綻の発表日)は17日と24日だったと記憶している。特に、「社員は悪くありません」という台詞とともに記者会見のテレビカメラの前で当時の野澤正平社長が涙を流した、山一証券の破綻をご記憶の方が多いのではないか。

 筆者は北海道出身であり、叔父がたくぎん(東京では「ほくたく」だったが、地元では「たくぎん」と呼ばれていた)に勤めていた。また、就学前のことだが、たくぎんのポスターのモデルになったこともある。そして、破綻当時は山一証券に勤めていた。いずれの破綻も強く印象に残っている。

 2つの金融機関の破綻が残した最も大きな社会的影響は、「会社は人生を預けるほど頼りになるものではない」ということを、印象的に可視化して、広くサラリーマンに伝えたことだろう。

 だからといって、個々のサラリーマンが、勤務先の会社を離れても生きていけるような個人的な「備え」を持つ努力をしているようには見えないが、少なくとも意識の上では、「大手企業といえども、倒産することはあるのだから、会社だけを頼る人生は危険だ」と多くの人が認識した。

 明らかに変化したと思われるのは、「転職」に対する評価の変化だ。それ以前は、転職や中途入社はなにがしか前職での失敗を意味するようなネガティブな評価を受けがちだったが、その後には、「転職できるということは、評価される実力があるということだろう」といったポジティブな評価が増えた。

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