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【秘録 今明かす「あの時」】大蔵省の責任に言及した『覚悟の報告書』 国広氏「山一は日本企業の悪い意味での典型例」 (2/2ページ)

 「社内だけでも、社外だけでもできなかったと思います」

 98年4月に発表された報告書は社会的に高い評価を受けた。一方で、大蔵省(当時)の責任にまで踏み込んだ内容に、周囲からは国広の身を心配する声もあった。

 「『大蔵省が悪い』って書いてあるわけですから、『日本の金融機関からそっぽ向かれるよ』といわれました。でも、もともと企業や金融機関を依頼者にするつもりはなかったから、『別に平気だよ』と答えていました」

 思いとは裏腹に、同様の仕事が次々と舞い込んだ。それは、負の遺産を抱えた企業で「問題を公表すべきだ」と考える改革派からの依頼だった。数々の企業などで第三者委員会や調査委員会の委員を務めた国広は現在、「企業の危機管理」のスペシャリストとして知られる。

 山一破綻から20年を経た現代日本は、国広の目にどう映るのか。

 「山一というのは超異常な会社ではなく、日本企業の悪い意味での典型例なんです。20年たって、先送り、隠蔽という山一的な体質は総量としては減ってきているとは思うけれど、一部の企業には残っている。だから不祥事が終わらない」

 国広が指摘する通り、企業不祥事は今も後を絶たない。日本社会はまだ、悪しき体質から完全に決別できていないのかもしれない。=敬称略(森本昌彦)

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