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【ぴいぷる】あの「突っ張り棒」さらなる進化へ 新聞記者から決意の転身、35歳3代目社長・竹内香予子さん (2/3ページ)

 「報道の仕事に誇りをもってやっていたので、家業を継ぐことは、自分にとって逃げになるのではないかとの思いがあり、抵抗がありました。2、3カ月はいろんな人に相談しました」

 ただ、自分が必要とされていると決断。「引き受けるからには中途半端なことはできません。責任ある立場で、会社を継ぐ覚悟を告げました。両親は最初は驚いた様子でしたが、喜んでくれました」

 会社に入り、父親を手伝いながら経営を学び始めた。黒字経営を続けていたが、売り上げは1995年の48億円をピークに下降線を描き、家業を継いだ2010年には14億円に落ちていた。

 「デフレで、質のよいものをいかに安く作ることが求められていた時代。そのことに全力を注ぐ時期が続いていました。例えると、マラソンランナーのような状態です。会社には無駄なものがないのですが、新商品開発には時間とコストがかかるため、無駄なものとされてきました」

 このまま続けても、会社は伸びないと感じ、改革を決意する。だが、驚いたことに、無駄を徹底して省いていたため、デザイナーという担当者さえいなかった。開発のエンジニアがパッケージを作成し、便利グッズを強調しすぎるため、結果的に古めかしいデザインに。仕入れ業者からも「平安さんのデザインはほんまに昭和やなあ」といわれる始末だった。

 商品こそ売れていたが、「お客さんが本当に欲しいものではないのではないか」と疑問を持つ。デザインの専門家に入ってもらい、改善を進めた。

 「新商品開発でも同じような状態でした。社内の公募で集まった案も従来の商品の改善に止まっていて、限界があった。アイデアを形に変えていくプロダクトデザイナーに来てもらった。具体的に商品ができて、機能性だけでなく生活になじむデザインがどういうものか分かるようになり、ドローアラインなどの商品につながりました」

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