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【経済快説】勲章廃止で日本社会はもっと変われる… 政治利用、「地位」が作る老害はいらない (1/2ページ)

 「平成」の終わりが、近づいてきた。雑誌や新聞でも、平成を総括する特集をよく目にする。平成の総括は大事なテーマだし、別の機会に考えてみたいが、一般論として意思決定にあっては、「今後のこと(=これから変えられること)」に集中することが大切だ。平成から新しい代に変わるに当たって、「変えたいこと」を考えた。

 まず、率直に言って、「元号」の使用は一歩後退したものにしたい。新しい元号を定めないとすることは、現時点ではあり得ないだろうが、公文書やビジネス文書は全て西暦に統一する方が経済的な効率がいいことは明らかだ。各種の文書記入時のつまらないミスが減るし、何よりもデータ処理の効率性が改善する。

 わが国の「生産性」が低いことがしばしば問題になるが、明らかな効率改善を行わないのは愚かな不作為だ。代替わりを言祝いで新しい元号を得た後に、なるべく速やかに文書作成の際の日付のルールを西暦に統一するべきだし、この変更を政治的な争点(=「人気取り」)にすることは不適切だ。超党派で賢く進めるなら、日本の政治にもまだ見込みがあると思う。

 元号自体は伝統として残ってもいいが、制度として廃止する方が好ましく、また良い効果が大きいのは、叙勲制度の廃止ないし徹底的な縮小だ。

 時の政府が叙勲対象者を選んで天皇陛下が勲章を授与することに、どのような意味があるのか。時の政府による価値観の押しつけであり、天皇の露骨な政治利用以外の何ものでもない。

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