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マクドナルド元幹部が語った「スマイル0円」の真意と人材育成の極意 (1/4ページ)

 「大学生や主婦のアルバイトを3カ月で店長代理に育成せよ」--1990年代後半、日本マクドナルドは積極的な出店攻勢に転じた。その戦略の核となるのは、低コストで運営できる「サテライト店舗」であり、店舗を運営する人材育成が急がれていた。

 1979年、日本マクドナルドに入社し、1998年に社内育成機関「ハンバーガー大学」の学長に就任した有本均氏は会社の方針に疑問を感じながらも、周囲を説得し、人材育成プログラムを作り上げた。「バイトがバイトの採用面接を行う」といった改革を打ち出した背景にあったのは、「社員だからといって必ずしも優秀なわけではない。バイトでもきちんと教えれば、しっかり育つ」という信念だった。

■大量出店の方針を打ち出す

 まず、当時の日本マクドナルドの状況を振り返ろう。1971年に日本進出を果たしてから順調に売り上げや店舗数を増やしてきたが、バブル崩壊で経営に打撃を受けた後、1990年代後半まで業績が思うように伸びなかった時期があった。

 「当時、1店舗当たりの平均売り上げが頭打ちの状況でした。当時の日本マクドナルドが目を付けたのが『サテライト店舗』を増やすことでした」

 サテライト店舗とは、スーパーやショッピングモールのフードコート内にある、簡易的な店舗を意味する。主な設備は厨房なので出店コストが安く、一般的な店舗と比べて求められるオペレーションの量も多くない。ただし、売り上げが低いので、社員が運営すると利益が出ないという問題があった。

 1990年代の後半、当時の経営陣はサテライト店舗を中心に年間数百店舗以上の出店をするという決断を下した。日本マクドナルドでは、スキルの高いアルバイトを「スウィングマネージャー」(以下、SWマネージャー)と呼んでおり、大量出店を実現するため、SWマネージャーを早期に大量育成する必要に迫られた。有本氏によると当時のアルバイトは約15万人おり、そのうちSWマネージャーは約1万人いたが、追加で1万人増員するのがミッションだった。

■社員の権限をどこまで委譲するか

 当時、SWマネージャーは「店長代理」とほぼ同じ位置付けで、店長がアルバイトの成長度合いをもとに任命する方式だった。平均的な店舗には4~5人いたという。

 1998年から社内の人材育成機関「ハンバーガー大学」の学長に就任した有本氏は、OJTを中心に3カ月でSWマネージャーを育成するプログラムを作成した。これまでは1年かけて行うのが通常だったので、大幅な期間短縮になる。ただし、教育の質を下げるというものではなく、覚えるべき業務に優先順位をつけて、店舗運営を担える状態に早期に持っていくというのが改革の柱だった。

ITmedia ビジネスオンライン

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