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【売れないモノを売る極意】神戸「焼酎パフェ」に見た“地域ブランド”誕生のヒント (2/2ページ)

 キッカケは後嵯峨天皇が、宇治の誇りである平等院に茶の木をお手植えになったことでした。人々はそれをとても誇りに思い、とても大切に育てたそうです。

 茶摘みの時期を迎えたときも、「後嵯峨天皇が平等院にお手植えになった茶なのだから神聖な水で淹(い)れなければならない」と考え、古くから宇治の守り神とされている「宇治上神社」に湧く水で淹れました。つまり後嵯峨天皇と平等院、さらに宇治上神社の湧き水という地元の誇りがコラボした結果、「非茶」だった宇治茶は一躍、高貴なお茶のイメージをまとうようになったのです。

 良いイメージを持つモノには多くの人が注目します。高貴になった宇治茶にはまず室町幕府三代将軍・足利義満が注目し、みずから栽培を奨励しようと「宇治七名園」を整備しました。

 戦国時代になると織田信長や豊臣秀吉が、功成り名を遂げた証しのように“高貴な宇治茶”の栽培を奨励し、江戸時代には三代将軍・徳川家光が宇治茶を江戸城へ献上するよう命じました。このときすでに宇治茶は将軍様ご用達の日本一高貴なお茶という、揺るぎないブランドを確立していたのです。

 「焼酎パフェ」はまだ誕生したばかりですが、イメージのインパクトが強いだけに注目する人は多いでしょう。神戸と宮崎の新しい地域ブランドになる日が楽しみです。

 ■殿村美樹(とのむら・みき) 株式会社TMオフィス代表取締役。同志社大学大学院ビジネス研究科「地域ブランド戦略」教員。関西大学社会学部「広報論」講師。「うどん県」や「ひこにゃん」など、地方PRを3000件以上成功させた“ブーム仕掛け人”。

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