“生きた証”自費出版本に潜む落とし穴

2012.02.02

 定年になり還暦を超えると死を意識し、何のために生きてきたのか、と考えるようになる。人生を振り返り、何かを残したいという気持ちが湧き、自費出版でいいから本を出したくなる。音楽家や画家、作家のように、自分が生きた証しとして形あるものを残しておきたいと思うのだ。

 十数年前から「本屋にも並びます」という広告で自費出版をする人を募る業者が増えた。自分の本をつくって親戚縁者に配るだけでなく、書店に並べて多くの人に読んでもらいたい人もいる。元高校教師のMさん(68)もそのひとり。「全国の書店に本が並ぶ」という共同出版サービスに魅力を感じて、新聞に派手な広告を出している大手業者のB社に原稿を送った。

 「遺稿集のつもりだったのですが、生きている間に出版すれば、これをきっかけに音信不通になっている学生時代のクラスメートにコンタクトできるようになるかもしれないと思って、共同出版による自費出版を考えた次第です」

 B社が提示した金額は、約300ページの本を1000部印刷して400万円。

 「あまり高いので渋っていると、いきなり300万円に値引きしました。ところが、こちらが制作費を負担しているのに著者献本は100部ぐらいで、残りは定価の70%で買い取れと言ってきたんです。B社は私の原稿を読んだあと商業出版はできないが、全国向けに販売できる内容だと思うので協力出版の形でぜひ出版したいと、いまだに電話してきます。最初に向こうが提示した費用が高すぎたこと、印税、残存書籍の所有権など契約内容がかなり怪しげだったので、やめにしました」

 自費出版を巡り、法外な料金を請求された、誤植が多くズサンな作りだった、全国の書店に本を並べる約束が守られなかったというトラブルが多い。共同出版系の業者はコンテストを集客に利用している点が特徴だ。「惜しくも賞は逃したがすばらしい作品ですよ」と褒めたたえて自費出版を勧めるというのが常套(じょうとう)手段。親戚や友人知人に配るだけなら、原稿を印刷して製本する従来の自費出版が安上がり。「あわよくばベストセラー作家に」などと欲をかくと落とし穴が待ち受けている。

 プロの物書きでも本が売れずに四苦八苦している。ましてや無名の素人が書いた自費出版本は、まず売れない。Mさんは私が紹介した自費出版も手がける編集プロダクションで作り、書店にも配本したが、費用は全部で約130万円だった。後日、Mさんから私の元へ「おかげさまでいい本をつくることができました」と礼状が届いた。

 自費出版は「複数の業者から見積もりをとり、金額やサービス内容を見比べて契約は慎重に」といわれているが、出版の知識がない素人は判断が難しい。流通ルートに乗せるのであれば口約束ではなくきちっと契約書を交わし、どこの書店に何部置いてどんな営業を行うのかといったサービス内容は、最低限チェックすべきである。

 ■大宮知信(おおみや・とものぶ) ノンフィクション・ライター。1948年、茨城県出身。中学卒業後、東京下町のネジ販売会社に集団就職。その後、調理師見習い、ギター流し、週刊誌編集者など20数回の転職を繰り返し、現在に至る。政治、教育、移民、社会問題など幅広い分野を執筆。近著に『部長が中国から来たらどうしよう』(徳間書店)。

 

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