ソニーの誤算…テレビを作るほど赤字に

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2012.06.24


リストラやコストカットを進めたストリンガー氏【拡大】

 ソニーの2012年3月期決算では、全体の業績が4期連続の赤字。主力のテレビ事業では、期数で倍の8期連続の赤字決算となった。つまりテレビ事業の赤字は05年3月期から始まっている。

 この決算は全体では減収増益だったが、主力のテレビ事業改革に力を入れてきたのにうまくいかなかった。会長兼CEO(最高経営責任者)の出井伸之と、社長の安藤國威が同時辞任し、替わってソニー米国の会長兼CEOだったハワード・ストリンガーが会長兼CEOとなる新経営体制がスタートした。ソニー史上初めての外国人トップだ。社長には中鉢良治が副社長から昇格した。

 出井の著書「迷いと決断」(新潮新書)によれば、業績悪化の引責などということではなく、ソニーの内規である会長定年の70歳以前にリタイアしようと内心決意していた。またグループ新経営方針「トランスフォーメーション60」に一定のめどを立てたこともある。それと後継者には、ソニーの遺伝子を一番理解している人たちに継いでもらいたいと思っていた。そうしたなかでストリンガー・中鉢コンビが最適と判断したとしている。

 ストリンガーは、ソニーグループ全体を“財務的”に見ることで、生産拠点などの統廃合、リストラ、コストカットと収益体質の改善を進めた。技術者出身の中鉢はエレクトロニクス事業の再建を請け負った。中鉢は、テレビ事業の立て直しが急務と考え、就任会見で「テレビの復活なくしてエレキの復活なし。エレキの復活なくしてソニーの復活なし」と力強く述べた。

 このとき、テレビ事業の現状はどうであったか。1980〜90年代はソニーのカラーテレビ「トリニトロン」の全盛だった。2000年に入ったあたりから他メーカーが液晶テレビを商品化し、それも大型化の波が本格化した。ソニーもブームに口を開けて見ているわけにもいかず、液晶に本格参入。しかし遅れての参入でもあり、重要素材の液晶パネル調達に困った。そこで韓国サムスン電子と合弁会社S−LCDをつくった。04年初めごろだ。従来のテレビ展開では、すでにあまり売れず、事業は赤字に落ち込んでいた。

 サムスンとの提携開始を受けてスタートしたストリンガー・中鉢体制では、05年10月に液晶テレビの新製品「ブラビア」を発売、好調な売れ行きを見せた。年があけても勢いは衰えず、予定した3年後の黒字化はほぼ間違いないと思えた。

 しかし、そうはいかなかった。参入企業が増え、海外では韓国勢が大販売攻勢をかけていた。国内外で市場価格は“激安”となり、完全な価格競争に巻き込まれたのだ。つくるほど赤字が膨らんだ。

 製造コスト全体に占める液晶パネルの費用は約7割にもなる。残りの3割の切り詰めでは、おのずと限界がある。結局、販売価格を下げるしかない。

 ストリンガー・中鉢体制はテレビ事業再建に一生懸命取り組んだのだが、「読み」や「やり方」が間違ったといえる。シャープとの提携やサムスンとの合弁は結局、解消された。

 経営トップの勝ち負けは企業決算に数字として厳然と表れる。ソニー自身がそれをどう受け止めていくかだ。(産経新聞編集委員 小林隆太郎)

 

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