吉田所長の死 原発事故の影響は… (1/2ページ)

2013.07.21


吉田昌郎さん【拡大】

 東京電力福島第1原発で事故が起こった当時の所長で、修復作業を現場で指揮した吉田昌郎(まさお)さんが9日、食道がんで亡くなった。58歳だった。

 東電は「事故後に吉田さんが浴びた放射線量は約70ミリシーベルト。被曝が原因で食道がんを発症するには、少なくとも5年はかかるとされているので、被曝と食道がんとの因果関係はない」と説明している。これは間違ってはいないが、原発事故の影響で命を縮めたことも確かだ。

 というのも、吉田さんは2011年11月に食道がんが見つかり、翌月、所長を退いたが、同年3月の事故後はずっと現場に残っており、食道がんの発見と治療が遅れた可能性があるからだ。

 彼は東工大大学院の原子核工学専攻。私の後輩だ。東電でも原子力技術畑を歩み、その豪快な性格から「武将」「闘将」「鬼軍曹」などといわれていた。事故直後の混乱の中、現場に介入する首相官邸や東電本社と対立しながら指揮を執り続けた。

 武黒一郎副社長(当時)が「首相官邸の了解が得られていない」と海水注入の中止を命じたときも、指示を無視して続行させて被害の拡大を防いだ。武黒さんに対して、「ディスターブ(邪魔)しないでください」とまで言った。

 海水注入を続けたことに対し、東電が何らかの処分を考える、と国会で東電副社長が答弁した時、私は「処分ではなく、この人の名誉回復をして」と要望した。亡くなった後、震災当時の菅直人首相らが「この人の功績は大きかった」と語っていたが、ご存命のときに言ってほしかった。

 事故後、原子炉の冷却や炉内の圧力を下げるベントという作業などに従事した吉田さんだが、いくつかミスもしている。その原因は、電源がすべて喪失していて、メーターなどが読めず、何が起こっているのか分からない状態だったからだ。

 

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