独学で人気のラーメン生み出した「せたが屋」前島社長

★「せたが屋」前島司社長(50)

2013.10.21

 ラーメン好きなら知らぬ者はいないほどの超有名店が「せたが屋」。国内では、せたが屋に加えて「ひるがお」という別ブランドも展開中。現在、国内直営16店、海外では2007年に米ニューヨークに出店して現在2店、その他にプロデュースした店舗もある。せたが屋の前島司社長(50)は、まぎれもなく日本のラーメン文化を牽引(けんいん)する1人である。

 1962年、東京都豊島区生まれ。割烹(かっぽう)料理屋を営む両親のもとに生まれた前島氏は、いわゆる「カギっ子」。食事は自分でつくるインスタントラーメンが多かった。しかし毎日では飽きてしまうため、野菜や牛乳を入れてみるなど工夫をしながら食べていた。これが料理人の基礎となる。キーワードは「独学」だ。

 その後、両親は離婚。高知に移り住むも、再び上京してからはこれといった仕事に恵まれず職を転々とする。が、その頃からすでに「ラーメン屋をやりたい」という思いを抱いていた。店を出す資金を稼ぐため、さまざまな仕事をして10年頑張り、800万円ほどの資金をためた。2000年6月、都内のラーメン激戦区、環七沿いに念願の店を開く。そのときの店名は「よさこい」だった。

 ところが、「よさこい」はたった3カ月で閉めた。「はっきり言って、マズかったんです」と苦笑する。自宅で研究していた頃は、ピンポイントで納得のいく味は出せた。しかし、いざ営業となると常に同じ味を生み出さないといけない。その知識はなかった。

 試行錯誤した結果、4カ月後、ついに完璧な魚だし醤油ラーメンができ上がった。

 「独学したことでずいぶん回り道をしたように思います。でも、だからこそ自分の引き出しが増えたし、粘り強さや勉強することの大切さも身についた。どこかの有名店で修業した方が早く独立できたかもしれないけど、僕はこれでよかったと思っています」

 店名も世田谷にあったので「せたが屋」に変え、内装も一新。再スタートした店はまたたく間に人気店となり、その後の活躍につながったのである。 (細見昇市)

 ■細見昇市(ほそみ・しょういち) 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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