“一串入魂”の精神で現場に立ち続ける創業者 「肉のやしま」八島且典社長

★「肉のやしま」八島且典社長(52)

2013.12.02

 福岡の焼き鳥店が東京・六本木にも進出し、現在では福岡と東京で6店舗を展開。そこまでになると普通、創業者は経営に専念して店では働かなくなるものだ。しかし、今でも自らカウンターに立ち、“一串入魂”の焼き鳥を焼き続ける創業者がいる。「肉のやしま」の八島且典(かつのり)社長(52)である。

 1961年、福岡県前原市(現・糸島市)生まれ。実家は祖父の代から続く精肉店で、父の仕事を手伝ううちに自然と商売に興味を持つようになる。高校卒業後、浪人していた八島氏を母が大阪で手広く豆腐店を営んでいた親族に預けた。そこの社長の姿に改めて「商売人はカッコいい」と思うようになった。

 その後、実家に戻り、大学に進学。しかし、近隣にできたスーパーの影響で事業縮小を余儀なくされた父が「焼き肉店か焼き鳥店をしよう」と言い出した。

 「それで私も父の手伝いをしようと大学を中退し、母と2人で焼き鳥店をはじめました」

 これが「焼とりの八兵衛」の原点である。焼き方は誰に習ったわけでもない。だが、「神が降りた」と自ら表現するように、その焼きは神がかり的だと評判になった。

 当然、客は味に魅せられた。しかし、「慢心のせい」で売り上げは3年目を境に落ち続けた。次の22坪の2号店をあちこちから借金し、3000万円かけて出店するまでに17年かかった。再起をかけた現在の2号店「焼とりの八兵衛天神店」の始まりである。

 商売に全力を傾けた。「この命いらん」とばかりに人の5倍働くことも苦にならなかった。

 「(月に)600万円ほど売っていたので決して悪くはなかったのですが、1000万円は売らなければという頭がありました」

 それから東京進出も果たした。火曜から土曜は東京の店に出ているため、なかなか福岡には戻れないという。何しろカウンターに立つ社長である。八島氏の焼きを求めてくる客が多いのだから、なおさらだ。

 「何をやるにしても、好きなことをやるべきだ」。今の若者にそう言い続けている八島氏が目指すのは「老舗」。100年続く店作りが始まっている。 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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