際コーポレーション・中島武社長 「紅虎餃子房」「万豚記」など一代で358店舗

★「際コーポレーション」中島武社長(66)

2014.02.17


中島武社長率いる際コーポレーション傘下の「胡同文華」【拡大】

 「紅虎餃子房」「万豚記」「葱や平吉」などを展開している際(きわ)コーポレーション。現在、直営店315店舗、直営物販店21店舗、FC店18店舗などグループ全体で総計358店舗を擁する巨大組織だ。それを一代で築き上げたのが中島武社長(66)だった。

 1948年、福岡県田川郡で生まれ、2歳以降は東京。拓殖大一高で「応援団をひょんなことから1年の仲間30人ぐらいで立ち上げようとなった。半分おふざけですよ(笑)」。拓大でも当然、応援団に入り、4年生で応援団長に。高校1年のときに応援団を立ち上げたことで、いまの中島氏があるといっていい。

 応援団長の肩書は就職には有利だが、「レールがひかれた人生なんて、つまらん」と、ある大手企業に就職するも2カ月で退職。その後、応援団の先輩と会社を興したり、不動産や金融関連の会社に就職したりした後、35歳のとき不動産・金融の会社を立ち上げる。時代はバブルへ一直線だった。投資ごとに元手は増え、300億円ほどを動かすようになっていた。

 しかしバブルがはじけ、倒産は免れたが、数十億円の個人負債が残った。

 「もう大きなことはいいや、と思って飲食に目を向けた。海外旅行によく行っていたんで、日本にはまだない中国料理の店をつくろう」と思い立つ。だが、「ニラまんじゅう」1号店を福生に出すも、まったく売れない。中島氏は当時をこう振り返る。「どうして売れないのか、何度もしつこく考えた。それを繰り返しているうちに、なんとかメドが立つようになった」

 快進撃が始まった。その集大成といえるのが、横浜スカイビルに出店した店舗だった。この店がはやった。35坪で月商4500万円。次々に出店依頼が舞い込んでくるようになった。

 中島氏は、今でも第一線から離れない。司令塔として業務のかじ取りをする一方で、飲食セミナーなどを開催し、後継者の育成にも努めている。

 「レールを外れる。それは、自分で切り開く人生の始まり」。道を切り開く戦いの連続だった中島氏の人生から学ぶものは多い。 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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