元熱血教師の「男はつらいよ」 憧れの柴又で絵に打ち込む

2014.06.06


夢にみた柴又で暮らす吉川さん【拡大】

 憧れの土地で好きなことをして生活をする。こんな幸せなことはない。画家の吉川孝昭さん(54)は、念願だった葛飾柴又の帝釈天前に住まい兼アトリエを構え、好きな絵を描いて生活している。参道の喫茶店で「ベトナムラムネ」を飲みながら「この3年間、夢のようでした」と話す。

 もともと画家志望だったが、大学卒業後、東京都豊島区の中学校の先生になった。担当の社会科の授業はもちろん、剣道や生活指導にも熱心に取り組んだ。当時、学校は大荒れに荒れていて、若い男の熱血先生は同僚教師、保護者からも頼りにされていた。

 1991年春、5年間の教員生活に別れを告げた。「悲しくなるので、辞めることは生徒に言わず…」。卒業式が終わると逃げるように、新婚旅行の思い出の地バリ島へ。ウブド村の山の中に家を建て、隠とん生活。ひたすら絵を描き続けた努力の甲斐あって絵は売れるようになったが、30代の終わり頃、ホームシックとスランプで神経症になってしまった。

 このとき慰めとなったのが映画「男はつらいよ」のフーテンの寅さん。「病気は映画で治しました」。バリ島で寅さんの映画をみて、柴又が出てくる度に「こんなところに住めたらいいな」と思っていた。夢がかなったのは息子の受験がきっかけだった。日本の教育に疑問を感じていたので、学校には行かせなかった。ところが、息子の龍太郎君が18歳になって突然、「日本の学校に行きたい」と言い出したのだ。

 2010年12月に帰国。帝釈天前のマンションを借りて、受験の猛特訓。元教師の父親の指導よろしきを得て龍太郎君は高校卒業認定テスト(大検)をクリアし、最難関の東京芸大に一発合格した。

 バリ島の生活は22年間に及ぶ。富山の越中八尾にも家があり、画家の妻・紀子さんが病気の親の面倒を見ている。「男はつらいよ」のロケ地を旅しながら、各地で巡回展を開催。最後は柴又の「寅さん記念館」で展覧会を開く。

 「連れ合いから『いい加減に富山へ帰ってきて』と言われています。別居生活のようなものだし、バリ島も入れたら三重、四重の生活ですからね。どうしたらいいのかなぁ」

 ようやく手に入れた柴又の生活を手放したくない。さりとて妻の願いを無視するわけにもいかない。まさに「男はつらいよ」の心境なのだ。

 ■大宮知信(おおみや・とものぶ) ノンフィクション・ライター。1948年、茨城県生まれ。中学卒業後、東京下町のネジ販売会社に集団就職。ギター流し、週刊誌編集者など二十数回の転職を繰り返し、現在に至る。政治、経済、社会問題など幅広い分野で執筆。新著「死ぬのにいくらかかるか!」(祥伝社)など著書多数。

 

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