「自分に与えられた舞台は常にベスト」女性層意識したカフェ

★「クレア」町田典子会長

2014.07.14


丸の内オアゾビルの「M&Cカフェ」【拡大】

 1983年創業したクレアは、JR八王子駅ビルの「カフェ・ド・クレア」を振り出しに、各地の駅ビルにパスタ、和食、そば、グリルなど、女性層を意識した多業態店を展開。いま63店に至っている。一代で築いたのは町田典子会長。

 開業当時は、金融機関などから「ガラス張りの喫茶店など…」と抵抗されたが、その数年前、ドトールコーヒーの鳥羽博道社長(当時)と欧州のカフェを視察し、「新しいスタイルのカフェは、今後、日本でも評価される」と確信していたので、揺るぎない決意で反対勢力を説得。「女性の感性とこだわりで提供するカフェ」を始めた。結果、予想をはるかに上回る反響で、行列のできる店となり周囲の態度は一変する。

 町田会長は1936年、埼玉県生まれ。父が上級軍人で、満州で幼少期を過ごす。だが戦況が悪化し父はシベリアに抑留され、一家が奇跡的に帰国できたのは、終戦から1年3カ月経っていた。町田さんはまだ9歳。父は不屈の精神で必死に仕事を探し一家を支えた。おかげで高校に進学、卒業後は銀座の松坂屋に就職した。

 当時は女性の花形職業だったが配属先は統計係。1年後には同期の約半数が辞めていったが、町田さんは人の嫌がることを率先して引き受け、繁忙期には店舗の応援などにも積極的に参加し、実績を上げ、やがて独立を考え始めた。

 「自分に与えられた舞台は常にベストだと思って、端から見るとばかげたことと思えても明るく積極的に取り組めば、必ず新しい道が切り開かれておのずと結果に結びつくものです」

 八王子と銀座に出店したギャラリー「Yu’S Bar」も話題になっている。昭和の大スター・石原裕次郎さんのポスターやグッズなどを飾ってある。

 百貨店時代、芸能界への憧れからNHKの俳優養成所にも通い、かけがえのない出会いから裕次郎さんのファンとなり、収集したものばかり。ファンが集まって、くつろいでいる。「多くの方に裕次郎さんが語り継がれていけばうれしい」。店名はまき子夫人が命名した。

 来年は戦後70年。「自分の生きた証しに、戦前戦中の貴重な資料を生かし、日中の懸け橋となるミュージアムを作りたい」という夢も温めている。「あの当時の悲惨さを後世に伝え、平和の尊さを共有していきたい」 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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