来年10月からの消費税率再引き上げ論議が国会で始まったが、その前に、総括すべきは、今年4月の増税による惨憺(さんたん)たる結果である。中でも、憂慮すべきは下降に加速がかかった実質賃金動向である。
アベノミクスがめざす「脱デフレ」とは、単に物価を2%まで引き上げるという日銀の「インフレ目標」達成にあるわけではない。物価の上昇率を上回る幅で名目賃金を継続的に引き上げて、消費需要を増やして景気の好循環を作り出すことだ。何しろ、「15年デフレ」は、物価の下落を上回る速度で賃金が下がり続けてきた。そのトレンドを逆転させようと、安倍晋三首相は産業界に賃上げを働き掛けてきた。
グラフは円の対ドル相場と、物価の変動分を加味した実質賃金の指数を、リーマン・ショックが起きた2008年9月を100として追っている。アベノミクスが始まる12年12月までの特徴は、円安局面ではわずかながらでも実質賃金が上向くが、円高局面では実質賃金が大きく落ち込む点だ。全体としては1997年4月の消費税率引き上げ(3%から5%へ)以降、実質賃金が下落トレンドにあり、今年4月の税率8%へのアップ以降、下落速度に加速がかかった。
もう一つ、アベノミクス「第1の矢」である日銀の異次元金融緩和で円安局面に反転したのだが、円安にもかかわらず実質賃金が下落しており、円安=賃金アップという定理が消えてしまった。円安効果で輸入コストが上がって消費者物価上昇率が1%以上上がったのだが、名目賃金は上がらないので、実質賃金はむしろ押し下げられた。4月には春闘で1%程度のベアは実現したのだが、消費税増税分の価格転嫁で消費者物価は2%程度、円安効果と合わせて3%台半ばまで上がった。実質賃金の急降下はこうして始まった。