「ティーケーエスグループ」神里隆会長 月商300万円の店を2カ月後1000万円に

★「ティーケーエスグループ」神里隆会長(59)

2014.11.10


下高井戸の本社には「なんで、や」など自社店舗が入っている【拡大】

 今年8月、夕刊フジは「オレンジ世代酒場」を東京・神田、五反田、品川、浜松町に期間限定で5店舗同時オープンした。沖縄居酒屋「なんで、や総本店神田」など店名はそれぞれ異なるが、経営母体は日本と米国に飲食店を105店舗展開している「ティーケーエス」(略称TKS)グループ。

 創業会長の神里隆氏は、これまで一度もマスコミに出たことがなかった。

 1955年、農家の7人兄弟の末っ子として沖縄県で生まれた。父は20代でブラジルに行き、30代で帰国、59歳で死去している。子供の頃は野球と空手(小林流)に熱中。空手の師匠が米軍人と親しく、宿舎に招かれ豪華なステーキなどをごちそうになった。それがアメリカへ憧れる原点になった。

 高校2年生の時に藤田田(日本マクドナルド創業者)の『ユダヤの商法』、ミッキー安川の『ふうらい坊留学記』などを読み感動。アメリカへ渡航し、そこを起点に世界を見ようと本気で思い立った。

 現役で難関の琉球大学に合格、親戚(しんせき)・縁者から祝い金20万円が集まった。それを元手に渡航費用作りに励んだ。バイクで琉大へ通ったのは3日間だけ。後は建設現場でアルバイトなどをして稼いだ。やがて唯一の味方の伯父が「お前なら何をやっても成功する」と100万円を貸してくれた。

 こうして1974年秋、ハワイ大学の語学学校に入学した。寮に入り食堂のアルバイトを手始めに、レストランのウエイターやバーテンダーをやって稼いだ。2年後、知人を頼ってアメリカのコロラド州デンバーへ。以後8年近くアメリカ生活を送った。

 「ニューヨークでは和風レストラン『京都』と鉄板焼きで有名な『ベニハナ』のコックを掛け持ち、日本の学卒の初任給が10万5000円の時代に40万円以上稼ぎ、英国、ヨーロッパ、南米など世界各地を見て歩いた」

 そして84年頃、ハワイで知り合った妻と帰国、いとこが経営する神里商事(現J.fromD.)の「村さ来」巣鴨店にスタッフとして入社した。その後、下北沢「ぴあ&ぴあ」の店長に就任、月商300万円だった店を駅前でビラを配ったり各大学に販促をかけたりして、2カ月後に月商1000万円にした。

 そして91年、八王子で7坪12席の鉄板焼き屋を開業、月商450万円を売り上げた。5年後、聖蹟桜ヶ丘に居酒屋「だいどころ」(23坪)を開店。以来TKSグループ総帥として地域に愛される店作りを進めている。 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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