「Team86」林社長 札付きの悪から一念発起

★「Team86」林 正勝社長(42)

2015.02.16


「野郎ラーメン」【拡大】

 店名は「とらさん」。父が営んでいた焼き鳥店は帝釈天の斜め前にあり、立地と店名と寅さんブームでいつもにぎわっていた。

 葛飾・柴又で育った林正勝さんは3人兄弟の末っ子。中学生時代は、とにかくガラの悪い仲間たちを引き連れてはケンカや暴走に明け暮れていた。しかし、この3年間は、人生を考える上でも重要な時期だった。

 中学卒業の時はヤクザになるか、真面目に働くかを迷うくらい札付きの悪だったが、不良社会のど真ん中を生きている先輩たちを見てきて「俺は違う人生を生きたい」と思い、地元から離れ、不良仲間から自ら遠ざかり、何も知らない街で仕事に就く道を選んだ。

 住み込みで1日15時間、自動車の生産工場で働いていたが、空いた時間にもピザなどの飲食店でも働き独立資金をためた。19歳で独立し、飲食店経営、芸能事務所、自動車販売など面白そうな仕事は何でもやった。

 いろいろと経験した後、30歳の時、もともと大好きだったラーメン店の出店を決意した。物件のブッキングがキッカケでラーメン店「せたが屋」の店主・前島司さんと出会い、運命が動き出す。

 7年ほど共同経営は続いた。それが、今の「野郎ラーメン」に続く第一歩だった。ラーメンに対して探求心の強い前島さんとの出会いは大きな財産となった。林さんはその後も、いくつもの出会いを重ねる。

 野郎ラーメン神田本店の隣で当時居酒屋を経営していた東京レストランファクトリーの渡邊仁社長に誘われ、たまたま参加した外食経営者の集まるゴルフコンペで、ダイヤモンドダイニングの松村厚久社長ら今をときめく外食経営者らと出会う。

 その時のゴルフコンペで優勝したことをきっかけに外食経営者との交流が深まった。とくに牛角のレインズインターナショナル元社長の西山知義さんとの出会いでは多くのことを学んだ。明確な目標を持っていなかった林さんは「誰もが知るような飲食店チェーンを作り、国内だけにとどまらず、世界中で仕事がしたい」と決意を強くした。

 国内外でラーメン業態、餃子業態、スイーツ業態などを運営し、30店舗を超える態勢となった今も変わらず守っていくものは、経営理念である「三杯の想い」だと、林さんは言う。

 「我々が作る渾身の一杯と、精一杯のおもてなしの心で、世界中のお客様の笑顔を一杯にしよう」 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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