大分で主流の「両面焼きそば」ブレーク 「あぺたいと」飯野雅司代表

★「あぺたいと」飯野雅司代表(54)

2015.03.02


両面焼きそばが売りの「あぺたいと本店高島平店」【拡大】

 3人兄弟、青果店の長男として東京都足立区で生まれた飯野雅司さん(54)は、学校から帰ると兄弟みんなで店を手伝わされた。怖かったから父親には刃向かえない。「内心、嫌だった」と飯野さんは振り返る。

 全寮制の高校に進学し、「店の手伝いから解放される」と思った飯野さんは、入学後、見事に弾けまくった。そして高校2年の夏、退学してしまう。高校を中退したのち、住み込みの中華料理店やそば屋など職を転々とし、いったん家業の青果店を継いだが「どうしても無理だった」と、飯野さんはため息交じりに語る。

 父の言うことややり方は正しかった。しかし、飯野さんには好きにはなれなかった。そんな時にふと、通信教育で高校の単位を取得するため大分県で暮らしていたときに食べた九州ラーメンが頭に浮かんだ。飯野さんの知る限り「九州ラーメン」は都内にはなかった。だから「はやる」、「いける」と確信した。家業の青果店を弟に譲り、早速、大分県に舞い戻り1人独立開業の道に進む。

 大分県にいた3年間の後半の1年半、いまのメーン商品である焼きそばを、「想夫恋(そうふれん)」という大型のチェーン店でじっくり修業させてもらった。大分焼きそばの主流だった「両面焼き」を習得し、東京に戻り27歳で独立した。

 そして、1988年、両面焼きそば専門「あぺたいと」を東京・高島平に出店する。しかし、鳴かず飛ばずの状況が続いた。苦戦を続けながらも営業を続け、実に開店から12年経ってブレークする。

 日清食品の社員が選ぶ店で1位に選ばれたことがキッカケで、テレビや雑誌などの取材が相次いだ。日清食品から有名店シリーズの商品として、同社が監修した商品も販売された。現在、都内に5店舗ある「あぺたいと」は、いずれも繁盛店だ。

 今でこそ、両面焼きそばを売りにしている「あぺたいと」だが、もとは九州ラーメンと焼きそばの2つがメーンメニューだった。飯野さんには「高島平に九州ラーメンを広げたかった」との思いが今でもある。その夢をかなえるために、同じ九州ラーメン「なんでんかんでん」の川原ひろし社長とのコラボが実現した。

 2月26日から、本店の高島平店で川原さんのラーメンを3カ月の期間限定で販売する。高島平の若い人たちに育てられたと感謝する飯野さんの恩返しが、このラーメンコラボなのである。 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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