17歳の若さで店長に 「若竹」田口優英社長

★「若竹」田口優英社長(42)

2015.03.16


お好み焼、もんじゃ焼の「若竹」川崎モアーズ店【拡大】

 木材商の次男として川崎市に生まれた田口優英(まさひで)さん(42)は、家業を継ぐことを見据え、建築科のある工業高校に進んだ。高校1年の時から川崎駅ビル内のお好み焼き店でアルバイトをする。

 しかし、「学校よりバイトの方が楽しくなってしまった」ことで、高校を1年で中退。お好み焼き店やステーキ店などを展開するバイト先の飲食企業に就職して、17歳の若さで店長に昇格し、最年少記録を塗り替えた。

 「最初に店長になったのは川崎の駅ビル店。12〜13人のスタッフがいましたが、全員、年上です。だからといって、店長にもなって何もしないわけにはいきません。私は、品質はもちろん接客の向上に取り組みました。最初は、背中でみせて。そして一人ひとり、引き込んでいったのです」

 店長になってから33カ月連続で前年同月比を超える売り上げを達成した。そして、19歳で統括マネジャーになるなど順風満帆だった。しかし、1997年、突如、会社が倒産する。田口さんが25歳のときだった。

 倒産後の3年間、恩返しのために、新会社をつくる社長の息子をサポートし、新会社を育ててから退職。そして2000年4月、晴れて独立1号店となるお好み焼「若竹」鶴見佃野店を開店した。以来、年間1店舗ペースで出店を続け、現在、お好み焼き業態9店舗、居酒屋業態なども含めると15店舗、年商は10億円に達する見込みだ。創業から15年がたとうとしているが、売り上げは順調に伸びている。

 社名の「若竹」は、「竹のように真っすぐに、スクスクと育っていこう。その思いを表現したかった」と命名。今年からFCを本格稼働し、神奈川エリアでのドミナントを進めていく方針だ。

 「創業15年目を迎え、『お店はお客さまのためにある』との理念のもと、お客さまに満足してもらい、またそこに帰ってくるような店づくりをしていきたいんです。お店は全員で作り上げていくもの。接客を大事にし、改めて『長く愛される店』を目指したい」と、田口さんは、熱くヴィジョンを語ってくれた。 (細見昇市)

 ■ほそみ・しょういち 1963年生まれ、京都市出身。大学卒業後、リクルートを経て93年に戦略型求人広告代理業務「キイストン」を設立。「波乱」に満ちた経営者ら2万人と会ってきた経験を生かし、人材採用コンサルタントとして活躍。当連載名もあえて「波乱万丈」とした。著書に「リクルート式 一瞬で人事担当者の心をつかむ方法」(PHP研究所)など。

 

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