IBMをリストラ退職後に起業 人をつなぐ多彩な事業で大成功

2016.01.22


東京・銀座で個展を開いた勝屋久さん(右)と祐子夫人【拡大】

 普通リストラされたことはあまりいいたがらないものだが、「カッチャマン」こと勝屋久さん(53)は公言している。クビの宣告をした会社に腹を立てるどころか「リストラ勧告は神の使いだった」と語る。

 「辞めてくれといわれたときは立ち上がれないぐらいショックを受けたけど、あの時代には戻りたくありません。だっていまの方が全然楽しいから」

 1985年に大学卒業後、「給料もいいし、何となくかっこよさそうだから」と日本IBMに入社。コンピューターは好きではなく「仕事さぼってパチンコ屋に行くようなダメ社員でした」と振り返る。それでもベンチャー企業の営業担当者として、海外も含めて7000人以上の経営者に会うという実績を残した。

 転身のきっかけは、48歳の時の組織改編に伴うリストラ勧告。プライベートな問題を抱え経済的に困窮していた時期で、「どうしよう」と一時は途方に暮れた。会社を経営する友人に、「勝屋さんは人と人をつなげることが得意だから、それを職業にしたらいいんじゃないの」といわれて、自らプロフェッショナル・コネクターを名乗るようになった。

 「この人面白いなと思うと、すぐに紹介しちゃう。僕が人と人をつなげると、そこから勝手に新しい仕事が立ち上がったりするんです」

 2010年8月に勝屋事務所を設立。「つながりで人が輝く」をコンセプトに、妻・祐子さんと「Team KATSUYA」の名称で一緒に活動をしている。総務省や自治体に対するアドバイス、「企業支援・プロデュース」事業、大学講師、講演などの「教育」事業を展開し、サラリーマン時代の収入をはるかに超えるようになった。

 一昨年からペインティング・アーティストとしても活動を始めた。「子供の頃色弱で、絵を描くことはコンプレックスだったんですが、みんなに絵がうまいといわれ」思いきって描き始めた。

 昨年春、祐子さんがプロデュースし、東急ハンズ銀座店で個展を開催。出品した40点の水彩画は「ほとんど完売だった」というから、美術界の新星といってもいいぐらいの人気だ。

 プロデューサー、教育者、アーティストなどいくつもの顔があり、1つの仕事では捉えられない。いまや「カッチャマン」が職業だ。終始笑みを絶やさず、いま幸せですかとの問いに「ムチャクチャ幸せです」。

 ■大宮知信(おおみや・とものぶ) ノンフィクション・ライター。1948年、茨城県生まれ、中学卒業後、集団就職。週刊誌編集者など二十数回の転職を繰り返し、現在に至る。『平山郁夫の真実』(新潮社)『死ぬのにいくらかかるか!』(祥伝社)など著書多数。

 

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