「アル・ケッチァーノ」奥田政行オーナーシェフ 地域と人を食で繋ぐ (1/3ページ)

★「アル・ケッチァーノ」奥田政行オーナーシェフ(46)

2016.09.13

「アル・ケッチャーノ」奥田政行オーナーシェフ (撮影・荻窪佳)
「アル・ケッチャーノ」奥田政行オーナーシェフ (撮影・荻窪佳)【拡大】

 16年前、開店した山形県鶴岡市のイタリアレストラン「アル・ケッチァーノ」。地元の在来種野菜やオーガニック野菜を用いた奥田政行オーナーシェフの料理は、やがて自然派イタリアンとして絶賛されるようになる。奥田氏のモットーは「食べ物で地域を元気にする」。いまや鶴岡市は山形県一の観光都市になり、奥田氏の支援を求める地域は絶えない。全国を駆け回るオーナーシェフのこれまでと今後とは−。 (清丸惠三郎)

 ──アル・ケッチァーノを開店して16年です

 「料理人なので、自分らしい店を1軒やりたいと始めたのが第一歩でしたが、地域を思っていろんな方の相談を受けているうちに『そういう店は奥田さん以外にはできないよ』と言われ、直営だったり、プロデュースだったりで、どんどん増えた。現在は直営店6店、業務受託1店、プロデュース店が8店舗です」

 ──ホテルや農家レストランの料理長を経て独立。順調なシェフ人生に見えますが

 「そんなことは全くないですね。21歳の時に父親が経営していたドライブインが倒産、わが家は1億3000万円の負債を背負うことになった。整理のために、一時(他店での)修業を中断して鶴岡に帰り、その後また修業を再開。回り道をしたので人一倍努力しないと力は付かないと思い、睡眠時間を2〜3時間に削って、イタリアン、フレンチ、ケーキ、イタリアンジェラートと学びました」

 「25歳で鶴岡に帰りましたが、最新の料理法を学んできたということで、先輩や同年代の人に随分いじめられました。だけど父親の会社の倒産後、人間の表裏を見てきたのであえて争うことはせず、裏方のスタッフらときずなを強める一方、徹夜でウエディングケーキを作ったりして、自分の力を周囲に認めてもらうようにした。結果、26歳で料理長に抜擢されたんです」

 ──どのように独立へ

 「当時、給与のほとんどを家に入れていたので貯金はない。どうにか150万円ためたところで見つけたのが、町外れにあって次々テナントが入っては潰れるといういわくつきの古い店舗。15台の駐車スペースが付いて月10万円でした。銀行からもお金を借りましたが、それでも什器(じゅうき)備品を整えるだけの資金がない。食器類は100円ショップでそろえ、内装は自分たちで行ってコストを徹底的に抑えて、開店に漕ぎ付けました」

 

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