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深まるほど寂しい秋に思う オー・ヘンリー「最後の一葉」 (1/2ページ)

★其ノ百七拾参

 「覚え書き 覚えぬニューロン うら枯れて」

 こんな晩秋の俳句を詠んでみました。私の忘れっぽさと忍び寄る「脳の神経細胞(ニューロンはやせたモミジにも見えるので)の衰え」を、晩秋の物悲しさに重ねて作成した次第です。

 もはや覚え書きの意味がないのですが、書かなきゃもっと忘れることが怖くて、「一応保険ね」とメモに記す日が流れていきます。

 季語は「うら枯れ」。「うら」は「末枯れ」とも書きます。意味は先端から枯れていくこと。草や葉が先端から色を変える姿は、「ああ冬が始まるなあ」と感じるバロメーターとなっている気がします。

 段々と赤や黄色に色づく葉はきれいでもありますが、色づけばその先は厳しい冬が待っている。そんなことも考えてしまうから、秋は深まれば深まるほど寂しくなっていくのでしょう。

 葉がどんどん散っていく様子は、アメリカの作家、オー・ヘンリーの「最後の一葉」を思い出します。

 若き女流画家は肺炎を患い、生きる希望を失っておりました。自宅アパートの病床から見える枯れ落ちていく蔦の葉を数えては、「最後の蔦の葉が落ちたら私も死ぬんだわ」と同居人に嘆いてばかり。そんな彼女をどうにかして勇気づけようと、同居人は階下の画家の老人にこの話をします。老人は「葉が落ちたって死ぬもんか」と馬鹿にしながらも、嵐の夜、れんがに蔦の葉を描き、女流画家に希望を授け、自分はこの世を去ってしまう…という話です。

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