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イケナイ感覚芽生えた「顔をする」 秋田の祖母の強い影響 (1/2ページ)

★其ノ百七拾四

 「顔をする」という意味、ご存じですか。「理髪店に行って顔をすってくる」と言えば、何となく通じるでしょうか。「する」とは「剃(そ)る」の別の読み方です。

 私は「ムダ毛をそる」や「頭をそる」という一方、そる対象物が顔になると「顔をする」と言ってしまいがちです。

 これは秋田の祖母の影響が強いと思われます。祖母は私が秋田にいる間、よく理髪店に連れていってくれました。当時の私はショートヘアでしたから、こまめに切って、うっとうしくないようにしてもらっていた記憶があります。

 その時、散髪と同時に「顔もすっておいてください」と祖母がお店の人に注文していました。

 当時、子供の私がなぜカミソリですられるのかな…と多少疑問でした。しかし、何となく祖母に従っておいたほうがいいような気がして、「なぜか」とは聞けずにいました。

 成人した後、母から聞いた話ですが、祖母は顔すりに対して「女の子ならやっておいたほうがいい」と思うタイプの人らしく、エチケットとして私に「顔すり」に慣れさせたかったようです。母も叔母も経験者でした。どうやら祖母のこだわりのようです。なかなか思想が進んでいます。

 顔をすった日はスッキリしますが、タオルケットや毛羽だった毛布に当たる顔の感覚が「ぞわぞわ」として極めて奇妙なものでした。産毛がなくなった分、繊維が直に皮膚に当たって違和感を覚えるのでしょう。

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