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【ぴいぷる】伝説から50年…ウルトラの先へ 大岡新一さん「円谷プロをやめたから、僕はここにいる」 (1/3ページ)

 2年連続で記念の年を迎えた。昨年はウルトラマンシリーズのテレビ放送開始から50年、今年はシリーズの代表作、ウルトラセブンの放送が始まってから50年になる。

 「ウルトラマンとセブンに関しては、愛や友情、あきらめない気持ちといった普遍的なメッセージが打ち出せたのだと思う。それが50年続けてこられた一番大きな理由。その場だけ楽しい作品を作っていたら、続けてこられなかった。当時の先人たちに対する感謝の気持ちはすごく強い」

 半世紀続くシリーズを生み出したプロダクションの社長として、熱い思いを語るが、入社は偶然だった。

 大学では法学部。将来は貿易に携わる仕事をしたいと思っていた。その思いは、大学時代にテレビでたまたま見た1本の映画で一変する。

 それまで映画を製作したわけでも、大学で映画研究会に入っていたわけでもない。

 「ワンシーンを見て、なぜかこういう絵を撮りたいと思ってしまったんですよ」

 父親のつてをたどって円谷プロダクションに入った。

 「(創業者の)円谷英二の仕事は映画でもちろん見ていたけど、特撮が好きだとか、ゴジラが特段好きだったということではない。ただ、映画のカメラマンになりたいと思って、円谷プロが撮影助手として採用してくれたということです」

 せっかく入った会社も3年少しで飛び出てしまう。当時すでに円谷プロのメーン作品「帰ってきたウルトラマン」でチーフ助手になっていた。だが、東宝からの受託作品で、セカンド助手を命じられる。「冗談じゃない」と思った。

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