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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】70年代後期から小林薫さん主演で新体制 劇団員との別れも日常茶飯事 (1/2ページ)

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 1980年代の足音が聞こえ出す頃、私の両親が主宰していた状況劇場は、故・根津甚八さんを輩出したことなどから、アングラ演劇の劇団では異例の人気となっていた。当時記憶にある光景は、研究生の入団試験を年2回行っていたが、稽古場兼自宅の前に100メートルくらい列ができたことだ。住宅街なので当然近所から警察にクレームが入り、気性の荒い劇団員が警察を怒鳴りつけたため、パトカーが出動する大騒ぎになったこともあった。

 70年代後期からは、男の主演を根津氏から新たに小林薫さんに変えていき、戦後の匂いがまだしていた70年代が終わる節目に、新しい俳優陣の体制になっていく。

 だが同時に、劇団員や研究生の入れ替わりも激しくなり、稽古場が自宅の2階ということから、当たり前のように仲よくなった劇団員との別れも日常茶飯事になった。

 また父、唐十郎と明治大学の頃から共に演劇を学び、状況劇場を旗揚げした怪俳、大久保鷹さんが76年の公演「下町ホフマン」を最後に劇団を去った。

 大久保さんは、私がオシメをつけていた頃からの付き合いなので、私は「オオクボ」と呼び捨てで呼んでいた。当たり前のように近くに感じていた存在が芝居でも観ているかのように消える瞬間は、子供ながら大きな喪失感があった。だが大人の関係とはそういうものだと自然に理解するきっかけでもあったのだろう。

 この頃には、劇団内の世代交代を思わせるかのように、若き日の金守珍さんや六平直政さん、佐野史郎さんらが入団してくる。ほぼ同期ともいえる3人は劇団で見せた才能の通りに、後にそれぞれに名を馳せていった。

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