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【没後10年 阿久悠】スピード感ほしかったピンク・レディーの「サウスポー」 作り直しを土下座でお願い (1/2ページ)

★其ノ八

 1977年、「UFO」で日本レコード大賞を受賞したピンク・レディー。阿久悠さんと作曲家、都倉俊一氏のコンビが次々と画期的な曲を生み出した。そんな中、ディレクターを務めた飯田久彦氏(76)にとって忘れられないのが78年「サウスポー」だ。

 「ピンク・レディーの曲は“詞先(しせん)”だったんです。阿久さんから詞をもらって、それを都倉さんのところへと持っていく。『サウスポー』もそうやってレコーディングしたんです」

 しかし、何か納得できなかった。「何だかスピード感がなくて、今いち面白くなかった。ちょっと違うなと。一部分をいじっても5点や10点は上がるだろうけど、それではダメだと。タイトルは気に入っていたので、このタイトルでもう一度書き直してもらおうと思ったんです」

 振り返ると、とんでもないことをしたと思う。しかし、そのときはまだ30代とあって若かった。

 「プリンスホテルの旧館の一室で『作り直してください』って、もう土下座ですよ。後々、阿久さんはエッセーで『そのときはムッとした』と書かれていましたが…。でも、スピード感を増すとなると言葉数も増えるわけですが、『朝までに書く』といっていただいたんです」

 新たに詞を書いてもらっても、それに曲をつけて、レコーディングと突貫工事は避けられない。当時、何十万枚ものシングル盤をプレスするには数日かかった。トラックで40~50台分という量。ほかのレコードのスケジュールを止めることになる。それでも録り直すことを選んだ。

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