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【みるほどにハマる北野映画の神髄】ずっとイメージを温めていた下駄タップシーン「座頭市」 (1/2ページ)

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 独特のグロテスクなシーン、血が派手に飛び散る残酷シーン満載。これがなければもう“たけし映画”とはいえない。一見、コメディチックに見えても、その裏にある残酷性をえぐりだすのが神髄なのだから。とりわけ時代劇にはありえない歌や踊りの裏に潜むものをとくとご覧あれ。

 農民が現代的なリズムで踊ったり、祭りのシーンで下駄をはいてタップダンスをする人たちが現われる。このミュージカルを意識した場面、実は監督の頭の中にはずっとあったようだ。

 さかのぼること1998年。文藝春秋で、座頭市の大先輩である勝新太郎とビートたけしが座談会をしたことがある。

 このとき勝から、農民が握り飯を食いながらバタバタと逃げ回り、それを追いかけて旅人がくる。市もそれにまぎれて踊りだし、殺陣をするっていうのはどうだい、と提案されている。どうやらこのイメージをずっと温めていたようだ。もちろん「本家の勝さんは超えられませんよ」と謙遜してはいるが。

 当時の浅草ロック座の斎藤智恵子会長は、勝新太郎の債権者の1人であったので、「座頭市」の映像化権が他社に移っていたのをわざわざ買い戻し、たけしに新しい座頭市を作ってもらいたいと監督オファーをしたというのが、この奇抜な映画の誕生秘話でもある。

 ところが、公開された映画を見た千葉真一は「時代に媚びた映画だ。こんな映画が増えるのは困る」とバッサリ。たけしの盟友でもある松方弘樹までも「外国の映画賞を意識しているんじゃないか」と正面から批判した。

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