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【秘録 今明かす「あの時」】マイケル・ジャクソンの来日、命の危険も感じた壮絶な交渉…滞在中のホテルに“脅迫電話” (1/2ページ)

★マイケル・ジャクソン来日の真実(上)

 今から30年前の1987年9月12日。東京・後楽園球場で、ひとつの歴史が作られた。“キング・オブ・ポップス”と呼ばれたマイケル・ジャクソン(1958~2009)。ソロとしては初めてのワールドツアー初日が幕を開けたのだ。

 その招聘の舞台裏は、日本テレビ事業部長だった白井荘也(82)が最近著した『マイケル・ジャクソン来日秘話』(DU BOOKS)に詳しい。白井は日本テレビで数々の音楽バラエティー番組などを制作してきた演出家だ。

 「マイケルに日本の若者やミュージシャンが食いついてくれれば、必ず日本のライブショーが変わると思ったんです。友人のジャニー(喜多川)さんも、発奮したんじゃないかな。ジャニーズのショーってすごいじゃない。マイケルが刺激になったんだろう」

 マイケルの来日は87年9月9日から10月19日まで、滞在日数はなんと41日間に及んだ。東京、大阪、横浜で行われた計14回の公演の観客動員数は約43万人。チケット総売り上げは25億7400万円、警備員は延べ8000人にのぼったという。

 衝撃の来日ツアーは、意外なつながりから始まった。かつて演出で関わった米人気歌手、ジミー・オズモンドを通じ、白井に持ち込まれた。

 ジミーは70年代に人気を博した「オズモンド・ブラザーズ」の最年少メンバーとして活躍。同じく幼い頃からショービジネスの世界にいたマイケルとは幼なじみだった。

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