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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】「神」の使い方が安易すぎないか 忘れられた畏怖の精神、流行とはいえ幼稚の程が過ぎる (1/2ページ)

 「神対応」という言葉が少し流行っているが、世代的なのか、この言葉の響きがものすごく気持ちが悪い。

 もともとは「神ってる」などの若者を中心としたネットスラングなどから始まった言葉で、対義語として「塩対応」という言葉もある。

 昔から使われる「神がかっている」という言葉は、通常では有り得ないような幸運やパフォーマンスを表現するのだが、こちらの「神ってる」というのは、昨今の「ヤバい」という表現の上級バージョンのようなモノなのである。つまり「うまいラーメン」などの表現など、何にでも使えるのだ。

 まあ私らバブル世代も、何でもかんでも「ぶっとび」と言って騒いでいたので、今の若者をどう言うつもりはない。だが、若者の中だけならまだしも、最近では、マスメディアでも当たり前のように「神対応」という言葉を見聞きする。

 それもどんな「神対応」なのかと思って聞いていると、南国リゾートでのスタッフの心温まる心遣いだの、レストランで何にも言わないのに誕生日サービスをしてくれたことだというのだ。

 確かにそれらのサービスは素晴らしい、商売を超えた接客精神だと心を打たれることもある。

 だか、しかし、である。それはあくまで接客業という料金の発生している業務であり、プロスキルに対する称賛であるべきだ。どんなに素晴らしくとも「神」ではない。

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