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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】情感誘う泣き節、島倉千代子を誕生させた「東京だヨおっ母さん」 (1/2ページ)

 かつて大みそかの夜は家族そろってテレビに向かい、NHK紅白歌合戦を見たものだ。南極観測隊や遠洋漁船からの中継も懐かしい。ひいきの歌手が歌い終わると拍手喝采だった。

 今と違い歌唱力に重きを置いた時代でもあった。その紅白に19歳の若さで初出場したのが、島倉千代子だった。彼女は東京・品川生まれ。7歳のときのけがが原因で引きこもりがちだったが、美空ひばりに憧れて、コンサートに行く追っかけだった。

 1954年、コロムビアの歌謡コンクールで優勝し、55年、「この世の花」(同名映画の主題歌)でデビュー。いきなりミリオンセラーの大ヒットになる。

 57年の「東京だヨおっ母さん」はセリフがあり、子供の僕もよく覚えている。“おっ母さんここが二重橋”と老いた母を東京見物させる内容である。ラジオを聞くだけでも、大人がすすり泣く姿が思い浮かんだ。敗戦からまだ10年ちょっと。苦しい生活を思い出し、万感せまるものがあったのだろう。

 彼女の細めの声質とちりめんと言われた細かいビブラートで語るような歌唱は、聞く人の情感を誘った。泣き節の千代さんの誕生だった。

 58年の「からたち日記」もミリオンヒット。55~58年でなんと127曲の録音をしている。

 63年に結婚するが、5年後には離婚。そして68年、大きく変化球を投げてきたのが「愛のさざなみ」だ。軽快な曲調で、「この世に神様がいるなら、あなたと添い遂げたい」という夢を歌った。置かれた状況がリアルだったからか、大ヒットしレコード大賞特別賞を受賞。

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