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【歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】北島三郎は船村徹さんとの出会いが生んだ偉大なスター 大和魂の底力を感じる歌いっぷりで「函館の女」などが大ヒット (1/2ページ)

 昨年の有馬記念で有終の美を飾ったキタサンブラック。オーナーは北島三郎だった。優勝の瞬間、北島の泣きながら喜ぶ感激ぶりをテレビ画面から見えた。

 有馬記念は一昨年から3位、2位と着実に順位を上げてきた。12回の勝利実績で獲得賞金は1位に。まだまだ勝てるという声が多いが、オーナーは「これでゆっくり休ませてあげたい」という。

 エリート馬ではなかった。「同じ北の海峡を渡ってきたんですけどね。北島三郎になったとき、大勢のファンに育てられた自分と似てきちゃうんですよね」と語り、引退については「引き際をきれいにして新しい道へ進ませてあげたい」とも。レース後には、2015年の菊花賞を制した際、記念に作られた「夢に向かって」の歌詞を変えた「ありがとう キタサンブラック」を披露した。

 引き際の美学なのか。北島は13年、連続50回出場の紅白歌合戦を勇退。15年には座長公演からも退いた。84歳の高齢だが、歌手としては今も現役だ。体質的に酒もやらず、健康管理をしっかりしている賜だ。

 1954年、高校を中退して、北海道から上京、60年、渋谷で流しをしているとき、レコード会社の関係者に声をかけられ、船村徹を紹介され門下生となる。このめぐり会いがその後の生き方に大きな影響を与える。

 流しはギターを抱えながら夜の盛り場を回る。当時は3曲100円だった。プロなら最低350曲くらい歌えることが条件だった。

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