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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】「本物」を歌いあげる「昭和歌謡の母」 二葉百合子『岸壁の母』(1972年) (1/2ページ)

 2011年3月、二葉百合子の現役最後の出演となったNHKの音楽番組の現場にたまたま居合わせた。

 歌はもちろん「岸壁の母」。その年に80歳になるというのに、歌唱は引退どころか、声量も声の張り、つやも堂々としたもので健在そのものだった。歌い終わって舞台の下手に引くと出演者全員が大きな拍手で迎えた。

 東京・葛飾生まれ。父親は浪曲師で幼少の頃から師事、浪曲師として舞台を踏んでいる。1957年に「女国定」でレコードデビュー。50年代後半には、浪曲の広沢虎造、相模太郎からせりふ入りの歌謡浪曲が流行。初めてラジオで彼女の歌を聞いたとき、僕は小学校低学年だったが、声の迫力を強烈に覚えている。

 72年「岸壁の母」がミリオンヒットになる。この曲は54年に菊池章子が歌ったものを、セリフ付きの歌謡浪曲風に仕上げたものだ。戦地からの引き揚げ船が寄港した舞鶴港が舞台。きょうは息子が帰るのではないかと、母は港で待つが息子は帰らない。母の切なさを歌にした実話ものだった。

 二葉の声と何とも言えないセリフの間、独特の感情表現が大衆の涙を誘った。つくり物の歌ではない本物は強い。

 76年になって日本有線放送大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場した。その後も「九段の母」「関東一本〆」といった股旅ものや任侠ものを得意とした。

 2015年に歌謡浪曲のイベントを開催したとき、彼女の歌う「お蝶夫人」をアレンジして、オペラ歌手に歌ってもらった。違和感がまるでなく大変好評だった。日本の歌謡浪曲は一人ミュージカルなのだと確信した。

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