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松坂季実子の初撮影 カメラマンは衝撃で息も絶え絶えに (1/2ページ)

 今ではすっかりおなじみとなった「巨乳」という単語だが、これを世に知らしめ、ビジネスとして育て上げたのが、AV監督の村西とおる氏だ。村西氏が伝説のB110.7cm女優・松坂季実子について振り返る。

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 私が1989年に松坂季実子の『でっか~いの、めっけ!!』を出すまで、「巨乳=バカの象徴」が世の中の一般認識でした。しかし、彼女の登場によってこの価値観は一変し、巨乳はイイ女の代名詞になった。手前味噌ですが、日本人の美意識を変革したという自負があります。

 松坂との出会いは、スカウトが連れてきた女の子のひとりだったという点で偶然の産物かもしれませんが、振り返れば必然だったと確信しています。海上自衛隊の幹部を父に持つ厳格な家庭で育った大妻女子短大の現役女子大生だけあって、気品があり実にエレガントでした。

 一方で、大きい胸にコンプレックスを持ち、整形したいと願っていた。男は胸のことばかり褒めて、まともに顔を見ようともしない。自分に自信が持てないと訴えるのです。

 最初に写真撮影することになったのですが、カメラマンが「大変です!!」とスタジオから飛び出してきて、「とんでもないものがついています」と息も絶え絶えにいうのです。てっきりチンポでもついているのかと思ったら、「赤ちゃんの頭が2個胸にあります」と……本当に凄かった。

 でも、売れるとはまったく思えなかった。「こんなオッパイ、世間は受け入れるのか」というのが偽らざる気持ちでしたが、作品を出して事務所の電話が鳴りっ放しになってから気がつきました。私も所詮、世間の常識にとらわれていたんだと。

 か弱いお嬢様タイプの顔に、滑らかでハリのある肌、ほどよい大きさの乳輪。それらと巨大なオッパイとの落差が、究極のエロティシズムを生んだのです。以降、毎月1日を「巨乳の日」と定めて作品をリリース、毎回1万本以上売れて原価率が50%くらいでしたから、毎回1億円以上の利益。いやぁ、本当に凄かった。

NEWSポストセブン
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