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保阪尚希、人気絶頂当時の月収は1億超え!その裏にあった“計算”とは? (1/2ページ)

 18日深夜放送の「じっくり聞いタロウ」(テレビ東京系)に、1990年代に「平成の新御三家」として活躍した俳優の保阪尚希(50)が出演。人気絶頂だった当時の月収や、通販番組に出演して大もうけしている現在について語った。

 7歳のころ両親が自殺し、当時まだ妹が2歳だったため「早く働きたい」と考えていたという保阪。13歳のとき、音楽好きで地元の静岡県から電車で東京・渋谷に通っていたところをスカウトされ、中学1年生で芸能界デビューを果たした。

 人気を博した裏には保阪なりの計算があった。当時について「ちょっと変わっていた。毛色が違うというか。アイドルの方はパーマを巻いていたけど、僕はそのころからロン毛でストレートだった。(演じるのも)暗い役が多くて、どちらかというと、人が嫌がる役をずっとやってきた」と説明。その理由について保阪は「下世話な話、僕らの仕事はCMを取りにいく仕事。自分を企業として考えたら、利益率の高い仕事をするべき。そうすると、CMは1日で1~2年分(のギャラを)稼ぐので、そこを狙っていくためにはイメージの悪い仕事はしないっていうのがセオリーなんですよ。僕はそういうイメージの悪い仕事ばかりやっていたんで、(他人と)バッティングがなかったんですよ」と明かした。

 結果、数々のドラマや映画に出演。その後、「平成の新御三家」と呼ばれるほどの人気俳優となった。当時はバブルの絶頂期。テレビドラマ1時間のギャラは500万円がそのころの相場で、単純に月のギャラは2000万円という計算になる。さらに保阪は当時「MAXで1クールに6本掛け持ちした」。番組はドラマの出演料だけで月収が1億2000万円だったと試算した。

 常にカバンに2000万円の現金が入っていたが、酒もたばこもやらない保阪は、そのお金で車を買いまくっていたという。「歩きながら車をその場でぱっとキャッシュで買うんですよ。MAX気が付いたら38台(車が)あった」と当時の豪遊ぶりにつについて明かした。

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