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【ぴいぷる】渡辺真知子、留学で吹っ切れた「歌うこと苦しかったときもあったけど、今は楽しい」 キャリア40年は山あり谷あり (1/3ページ)

 「この40年を振り返ると組曲ができますよ。40年はあっという間だったとか言いますが、私にとっては決して早くはなかったですね。みなさんが応援し続けてくれなければ、あり得なかった。本当に感謝ばかり」

 1977年11月、21歳のときに「迷い道」でデビューし、昨年40周年を迎えた。現在は、記念コンサートを全国で開催中だ。20代、30代、40代、50代で、それぞれ特徴があったという40年は山あり谷ありだった。

 20代はデビュー曲が大ヒット。続く「かもめが翔んだ日」、「ブルー」、CMソングだった「唇よ、熱く君を語れ」とヒットを連発した。

 「20代でドーンといったでしょう。上からドーンといったら、周りがひくときもドーンっていなくなるんです。あっという間ですよ。そりゃ、何が何だか分からなくなりますよ」

 それまで日本の音楽シーンの先頭を走っていたのに、30代になると「列の最後尾に並んでいるの。でも、歌は絶対になくならないって信じてはいたけど…」と語るが、それでも歌うことにネガティブになっていった。

 「20代の娘が『あなたはひとりで生きられるのね』って歌っても、その意味すら分かっていなかったから。ただただ元気に歌っていたんです。そんな中、スケジュールが真っ白になり、求められていないんだって感じるようになると、思うように歌えなくて…。30代は自信が一切なくて、自分の歌がダメだと思って猛勉強していました」

 そんなころ、米アリゾナに半年間留学した。英会話学校のパーティーで歌を披露する機会があり、多くの外国人の前で「かもめ~」を歌った。

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