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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】残した恋人を切なく思う男心は遠距離恋愛そのもの、鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」 (1/2ページ)

 1960年代にムード歌謡のジャンルでいくつもグループが誕生した。コンボバンドで演奏だけというスタイルから、メーンボーカルが加わり、サイド、コーラスという編成になった。

 社用にかこつけ会社の接待費で飲み食いするサラリーマンの“社用族”に、銀座みゆき通りをアイビールックで闊歩(かっぽ)する“みゆき族”。そんな時代、有楽町や銀座など夜のネオンがまぶしい都会に働く男と女をムード歌謡が癒やしていた。

 鶴岡雅義と東京ロマンチカは65年、「好きなのさ」でデビュー。67年にボーカルの三條正人が加入し、5作目の「小樽のひとよ」が大ヒットした。

 イントロのレキントギターの演奏がピエロのように華やかさと寂しさを演じている。演奏はリーダーの鶴岡雅義。その風貌は銀座の派手さがまるでなく、まじめそうなサラリーマン風で表情一つ動かさない。ボーカルの三條は男前、声はソフトで甘くささやくような歌い方だ。まるで3分間のミュージックドラマを見ている感があった。

 シャイな日本人は甘いムードが苦手だが、ムード歌謡がはやり出すと、音楽の傘を借りて、普段はできないソフトな表情を浮かべて歌えるようになった。恋人の前で歌を聞かせる素地ができた。歌がトキメキの口説き文句に変貌していった。

 「逢いたい気持ちがままならぬ」と小樽に残した恋人を切なく思う男心。3番を聞くと、今は東京にいるが、必ず小樽に迎えにいくから待っていてほしいという。遠距離恋愛そのものだ。

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