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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】戦後歌謡シーンのアイドル歌手第1号の南沙織 同世代には共感、年配には青春呼び起こした「17才」 (1/2ページ)

 沖縄が本土復帰する前年にデビューした南沙織が戦後歌謡シーンのアイドル歌手第1号だろう。地元沖縄のテレビ番組でアルバイトしているとき、芸能関係者に声をかけられレコード会社関係者に紹介されると、とんとん拍子にデビューの話が進んだ。

 長い黒髪に大きな瞳、歌唱ものびのびした声で炭酸の効いた清涼飲料の爽やかさにレモンがはじけるような若さと、沙織スマイルとエキゾチックな小麦色の肌は新鮮だった。彼女のクリスチャンネームは「シンシア」、今までにないキャラクターに恵まれた新人の存在だった。

 1971年、「17才」でデビュー。世代的な共感を得て54万枚の大ヒットとなった。日本レコード大賞新人賞を受賞し、暮れのNHK紅白歌合戦にも初出場。ブロマイドの売り上げも翌年まで1位を記録した。

 歌のタイトルは動員の大きな要素になる。等身大のテーマだから同世代に共感を呼ぶが、年配者には青春を呼び起こしてくれる若さの潤滑油でもある。

 「17才」は作詞が有馬三恵子、作曲は筒美京平。有馬は67年、「小指の思い出」で本格的に作家活動をスタート。絵画にも造詣が深く、ビジュアルに関しては鋭い勘のある人だった。南を見た瞬間「いける」と思ったという。筒美は68年に「ブルーライトヨコハマ」をヒットさせ、71年の「また逢う日まで」でレコード大賞を受賞。作家として素晴らしいスタートを切った時期だった。彼は日本のポップスの第一人者になった。

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