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【篠木雅博 歌い継ぐ昭和 流行り歌 万華鏡】体の芯まで突き刺さるほど衝撃的な歌声 井上陽水「心もよう」(1973年) (1/2ページ)

 平昌五輪スピードスケート女子500メートルで金メダルに輝いた小平奈緒(31)。何年も頑張った姿を見ると、たまらなく涙が止まらない。

 若い頃はこの歌に泣きそうになったものだ。1973年の「心もよう」で〈青いびんせんが悲しいでしょう〉と聴かせたとんでもなく切ない歌声は、体の芯まで突き刺さるほど衝撃的だった。井上陽水(69)だ。

 70年代に学園紛争が終わって、授業もなく、リポート用紙数枚に教科書をそのまま写して卒業し訳も分からず社会に出た世代には響いた。

 彼は福岡県糸田町出身で大学に進学するつもりが思うようにならず、ギターで歌を作り、地元の放送局に持ちこんだ。そこから東京のレコード会社を紹介してもらい、69年に「アンドレ・カンドレ」の名義で2枚のシングルを発売するが鳴かず飛ばず。この頃のフォーク系はジーパンに長髪と身なりだけでも敬遠されがちであった。

 72年にレコード会社を移籍し、「人生が二度あれば」で再デビュー。アルバム「断絶」を発売。そして73年に「夢の中へ」「心もよう」がヒット。そしてこの年のアルバム「氷の世界」がアルバムでは日本初のミリオンセラーとなった。

 詞の世界観は挫折感に浸りながら、若者の自我欲との苦悩だ。「傘がない」ではテレビでは堅苦しい話をしているが、外は冷たい雨だ。彼女に会いに行かなくてはならないのに傘がないと歌う。女々しさもある詞の世界だ。もう半世紀前の歌だ。今の若者に理解してもらえるだろうか。

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