記事詳細

【激震 芸能界契約異聞】百恵、淳子…「スタ誕」アイドルで事務所肥大化、エンタメ産業の中核へ (1/2ページ)

★(5)

 かつての芸能界は、タレントと芸能プロダクションが契約書を交わすことはほとんどなく、口約束がまかり通っていた。まだCMなどの仕事も少なく、タレントと事務所の取り分が厳格化されていなかったこともある。それが1970年代以降、タレントとプロダクションはせめぎあいながら、新たな関係性を模索していくことになる。

 「おふくろさん」などのヒットを飛ばした森進一(70)が所属事務所から独立したのは絶頂期だった79年。事務所との全面対決の様相を呈し、森は芸能界に居場所をなくしかけた。

 しかし歌の神様は森を見捨てなかった。「新宿・みなと町」がヒットし弾みがついた。そんな中、80年に大原麗子と帝国ホテルで挙式したとき、「来た人はいい人! 来なかった人は悪い人!」と美空ひばりが祝辞を述べたのを思い出す。

 独立した歌手たちは強い。最終的には事務所に勝利する。テレビ出演がなくても、コンサート活動をすれば、客が入る。テレビに出ないことで付加価値が高まり、客が増えるという。独立で直接出演料が入ることで収入が激増することも。

 歌手でいうと、1975年にエポックメーキングともいえる動きがあった。小室等(74)、吉田拓郎(71)、井上陽水(69)、泉谷しげる(69)の4人らがフォーライフ・レコードを設立したのだ。

 本来、タレントは芸能事務所に所属してレコード会社から作品を出す。ところが事務所を通さずに直接作品を出すこの動きは、事務所の存在が否定されたのに等しい。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう

関連ニュース