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大倉の関ジャニ∞入りを安田がバックアップ!? 錦戸に続くナイスフォローにTOKIO松岡ため息 (1/2ページ)

 2日に放送れた「TOKIOカケル」(フジテレビ系)に、関ジャニ∞・大倉忠義(32)がゲスト出演。人気企画「ジャニーズ年表」をもとにジャニーズJr.時代の苦労エピソードを明かした。

 もともと関ジャニ∞とTOKIOはバンドという共通点から関わりが深い。グループ内で同じドラムを担当し、「必殺仕事人」(ABCテレビ/テレビ朝日系)でも共演もしていた松岡昌宏(41)は後輩を「忠(ちゅう)は…」とあだ名で呼ぶなど、さっそく親密さを見せていた。

 関ジャニ∞メンバー7人の入所時やデビュー年は、以前、横山裕(36)と錦戸亮(33)が番組に出演した際に年表に反映済み。この日は、その年表をもとに大倉の視点でJr.時代の苦労などが語られた。

 錦戸、安田章大(33)、丸山隆平(34)と同じオーディションに参加して事務所に入所することになった大倉。しかし、その入所から2年ほど続いていた京都での舞台「KYO TO KYO」の公演が終わると同時に、関西ジャニーズJr.としての仕事もほとんどなくなってしまったとか。また、大倉は関ジャニ∞結成時のメンバーではなく、当時のメンバーがメーンを張る舞台でバックを務めていたことも。大倉は「(関ジャニ∞に)入りたいなっていうのはありましたね。同期のヤス(安田)、マル(丸山)、亮ちゃん(錦戸)が前で歌ってるうしろで踊っていたので。キツかったですね」とそのころの心境を語った。

 Jr.時代に苦労をしているTOKIOも「すげえな、それ」(松岡)、「それはキツいよ」(国分太一)と共感。「(そういう状況でも)悔しい思いとかも言うわけにいかないじゃないですか。知られるのも恥ずかしいし。どうにか目についたらいいなと思って頑張っていたんですけど」と大倉。複雑な思いを抱えながら毎日を過ごしていたと付け加えた。

 そんなときに当時の関ジャニ∞ドラム担当メンバーが脱退。そのタイミングで「ヤスが僕を推薦してくれたんですよ。ダンスができるからドラムもできるんじゃないかって」(大倉)。安田が大倉のメンバー入りを後押ししていたことを告白した。

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