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【ディスコファッション激闘史】「サタデー・ナイト・フィーバー」から40年…お立ち台で踊るボティコンOLたち (1/2ページ)

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 1980年代も中盤に入ると、バブルの到来とともにイケイケなOLや社会人が遊ぶ「大箱ディスコ」がおしゃれな繁華街に続々とオープン。時代は第2次ディスコブームを迎える。

 84年、六本木に「麻布十番マハラジャ」と「エリア」がオープン。86年には日比谷に「ラジオシティ」、青山に「キング&クイーン」がオープンした。

 金ピカの宮殿を模した豪華絢爛な内装で、入り口で「黒服」と呼ばれるDCブランド風の制服を着た店員が服装チェックをしていたため、入れてもらえない客もいた。

 87年には、山本コテツや松井雅美といった「空間プロデューサー」なる肩書の業界人がもてはやされ、六本木に宇宙船が不時着したという設定の「トゥーリア」、渋谷に「Jトリップバー」がオープン。

 大理石を使った豪華なフロアではユーロビートが大音響で鳴り響き、ガラス張りのVIPルームでは芸能人や業界人が毎夜のごとくドンペリを開けて大騒ぎしていた。

 90年代に入ると、東京に「ウォーターフロント」という新たなトレンディスポットが出現する。それまで何もない埋め立て地の倉庫街だった芝浦が「ベイエリア」と呼ばれ、89年にオープンした「ゴールド」を火付け役に、湾岸ディスコブームが到来するのだ。

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