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【織田哲郎 あれからこれから】英国の「人をダメにする町」で…中2の私はロックと出合った (1/2ページ)

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 1971年の4月、中2に上がるとき、私は親父の転勤にくっついて英国へ行くことになりました。中1の英語力しかありませんから、英国の新学期は9月だったので、最初は英語学校に行くことになりました。

 その学校はバーチントンという、ロンドンから西へ汽車で2時間くらい行った小さな町にあり、個人宅で5~10人ほどに英語を教える、学校というより住み込みの英語塾といった感じでした。

 この時初めて家族のもとを離れて暮らしたのですが、ホームシックどころかうるさい親がいない自由を満喫することになります。何しろ授業は午前中に数時間だけで、それ以外は自由時間。しかもバーチントンから2駅先のマーゲイトという町がひたすら遊ぶためだけの町だったのです。町の中心に遊園地があり、海沿いの道にずらりゲームセンターが並び、大きなディスコがあるという、そりゃもう人をダメにする要素たっぷりです。

 その塾には当時私より少し上の日本人が2人いて、最初はその先輩に連れて行ってもらったと思いますが、結局いつも私1人で隙あらば入りびたるようになりました。

 当時の英国のゲーセンでは2ペンス硬貨(当時のレートで16円相当)を使ったプッシャーと呼ばれるゲーム機がはやっていて、これにはまりました。びっしり入ったコインの中を押し板が波のように往復し、コインを押し出し、穴から落ちたらもらえる、というやつです。それを普通のお金でやるわけですから、れっきとしたギャンブル。当然負けが込んで金欠になるのですが…。

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