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タレントの薬物問題に、企業はどう対応すべきか (2/5ページ)

 ご存じのように、世界ではアーティストの作品と薬物は分けて考えられる。平和を愛する人たちが教祖のようにあがめているジョン・レノンは、薬物使用の過去を公言していた。2010年にコカイン所持で逮捕されたブルーノ・マーズのときも自主回収などされず、逮捕後も普通に作品は評価され、18年にはグラミー賞で最優秀レコード作品賞を受賞している。

 「それはホラ、海外はドラッグに甘いから」という人がいるが、そういうカルチャーギャップ的な話ではなく、あちらの社会では、薬物依存を明確に「病気」と捉えていることが大きい。

 薬物依存は本人が向き合う私的問題であって、社会全体でこん棒を振り上げて追いかけ回して、仕事や過去の実績を奪って、破滅へ追い込むような類の話ではない。むしろ、社会としては、薬物依存患者がその誘惑を断ち切って、社会に復帰することを手助けすべきだというわけだ。

 この根底には、創作活動と人間性を分けるという考えがある。人類の歴史を振り返れば、芸術、演劇、音楽、映画などは、必ずしも道徳的な人間たちだけが生み出してきたわけではない。よく日本で言われる「薬物を使っている人間の音楽や映像はドーピングで認めない」とはならないのだ。

 このような「作品」に対する考えが広まれば、企業のタレント不祥事に対する「責任の取り方」も今とだいぶ変わっていく。おそらく、こんな対応がオーソドックになっていくはずだ。

 A:全面自粛(企業イメージ向上のためのテレビCMや広告)

 B:一部自粛(公共電波で放映されるドラマやバラエティ)

 C: 継続(映画、音楽コンテンツ、ゲームなど有料コンテンツ)

 ◆タレント個人の不祥事と作品

 地上波テレビは「容疑者」でも放送コードに引っかかる。広告にもゴリゴリに依存しているので、わずかでも「薬物犯罪者の顔など見たくない!」「子どもに悪影響だ!」なんてクレームに屈せざるを得ない。特に民放の場合、視聴率というKPIを用いた広告ビジネスである以上、「うるせえ、そんなに嫌だったら見るなよ」とは口が裂けても言えないのである。

 今回のNHKの『あまちゃん』や『龍馬伝』のような過去コンテンツは、NHKオンデマンドを開けて、自分で「見よう」と思わない限りは視聴されない。それを踏まえれば、今後、薬物依存への理解が進んでいけば、「継続」となっていく可能性が高いのだ。

ITmedia ビジネスオンライン

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