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【ぴいぷる】手塚眞、偉大なる父へ息子からの挑戦状! 「“手塚治虫クローン構想”で世界を驚かせたい」 (1/3ページ)

 アトムがエントランスで出迎え、ブラック・ジャックが見送ってくれる…。兵庫県宝塚市の市立手塚治虫記念館が開館25周年を迎え、4月、リニューアルオープンした。

 漫画界の巨匠、手塚治虫が生きていたら90歳。今なお元気であってもおかしくない年齢だ。

 「父は漫画家デビュー後、42年間の創作活動で数多くの漫画やアニメ作品を手掛けた後に60歳で亡くなりました。それから30年。もし、健在だったら、後どれだけ多くの作品を残していただろうか。今でも、そう想像することがあるんですよ」

 手塚家の長男であり、同館の名誉館長は、しみじみとこう語った。

 同館は、手塚の生涯を称え、手塚が遺した作品を顕彰するために、没後5年の1994年に建設。節目となる開館25年に合わせ、内装や展示内容などを一新した。

 「25年前、当時、日本には画家や小説家の記念館は数多くありましたが、漫画家の記念館は例がなかった。父が初めてだったのです。実は父の死後数年の間に、手塚記念館建設の構想や企画の話が全国の自治体などから沸き起こり、その候補地は日本各地にあったんですよ」と打ち明ける。

 その中から、なぜ宝塚市が選ばれたのか。

 「決め手は、もし、父が生きていたら、どの地を選んだだろうか。そう想像したら、宝塚しかなかった」

 手塚は5歳から24歳まで、大好きな昆虫を追い野山を駆け回った多感な少年時代から、医師を目指し大阪大学医学部で学んだ青春時代の20年間を同市で過ごした。

 「父の思い出深い宝塚こそ、全国にいる大勢の手塚ファンに訪れてもらうゆかりの地としてふさわしいはず」

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