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【カリスマ逝く 激震!!ジャニーズ】アイドル草創期、ジャニー氏に見た「落胆の横顔」と「野望」 (1/2ページ)

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 男性アイドルの礎を築いたジャニー喜多川氏。ジャニー氏と親交の深い音楽プロデューサーの酒井政利氏(83)がその素顔を振り返った。

 私がCBSソニー第1期生として入社し、営業の“ヤング路線”という方針で新人を探しているとき、知り合いの記者から「この4人の男の子たち、ソニーでどう?」と雑誌『セブンティーン』を見せられた。笑顔でポーズを取る10代半ばの少年たちにこれからの時代の鮮烈さを感じ、早速、彼らが所属するジャニーズ事務所の藤島メリー泰子氏を紹介してもらった。

 その頃ジャニーズ事務所は真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦の「ジャニーズ」が第1号タレントとして活躍中だった。彼らはもともとジャニー氏が教えていた少年野球の男の子たち。彼らのために事務所を発足させたのだ。

 ジャニーズは超人気者だったがジャニー氏は早々に次を見据えていた。彼らの付き人だった北公次、子役だった江木俊夫、劇団若草出身でモデルのおりも政夫と永田英二をジャニーズJr.としてミュージカルに出演させ、雑誌に露出して10代の女の子にアピールしていた。私が雑誌でみたのはこの4人だった。

 その頃私は枠からはみ出してでも新しい才能と仕事がしたくて、ソニーに移籍。ジャニー氏も既定路線からはみ出し、雑誌で人気をあおるような、今でいうメディア戦略を展開していた。

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