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【永遠の二枚目 市川雷蔵伝説】雷蔵の当たり役だった「眠狂四郎」 第1作は失敗だった!? (2/2ページ)

 『眠狂四郎炎情剣』のキャッチコピーは「犯すもよし 斬るもよし!」。とても「よし」じゃ済まないことばかり。そして出るわ、出るわ、悪女たち。『眠狂四郎殺法帖』では狂四郎に助けを求めた加賀前田藩の奥女中千佐(中村玉緒)が実は陰謀の手先。『眠狂四郎人肌蜘蛛』では将軍の落とし子という権力をいいことに、大きな目を輝かせながら、村人を虐殺し、情欲にふける奇怪な姫、紫(緑魔子)が登場。『眠狂四郎女妖剣』は大奥の美女に麻薬を飲ませて殺すなど悪行三昧の菊姫(毛利郁子)から狂四郎に色仕掛けで毒を飲ませる女まで悪女のオンパレードだ。

 最終作『眠狂四郎悪女狩り』では狂四郎が自分の偽物(江原真二郎)と対決。雷蔵はすでにがん治療を始めており、公開から半年後に37歳で夭折した。私は映画からドラマに進出したベテラン女優から「亡くなる少し前、雷蔵さんから『テレビは面白いか』と聞かれたことがありました」と聞いた。世の娯楽は映画からテレビに移りつつあった。しかし、雷蔵は銀幕の華として生き抜いたのである。(時代劇研究家・ペリー荻野)

 ■市川雷蔵(いちかわ・らいぞう) 俳優。1931年8月29日生まれ、京都市出身。生後6カ月で三代目市川九團次の養子となり、15歳で市川莚蔵を名乗り初舞台。51年に三代目市川壽海の養子となり八代目市川雷蔵を襲名するも、54年に映画俳優に転身、以後大映のスターとして活躍。69年7月17日、37歳で死去。

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