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【ミッキー吉野 Half Century交遊録~天国の恩人たち~】音楽的に意気投合、バンドを離れても信頼し合った関係 井上堯之さん (1/2ページ)

 昨日のコラムで、ショーケン(萩原健一)が「(井上)堯之さんが重病なんだ」と僕らをダマしたことについて書きました。当の堯之さんはというと「あのころ、何でみんなはこんなに俺に優しくなったんだって不思議に思っていたんだよ」。本人にとってはいいウソだったようです(笑)。

 でも堯之さんと僕が、ショーケンについて一緒に頭にきていたことがある。

 ショーケンの本に、《あのバンドはミッキーと堯之さんがケンカをしたからやめたんだ》という内容の、まったくのウソが書かれていたんです。堯之さんと「それはないよな~」って。

 1968年当時、僕らバンドの出会いは日劇のウエスタン・カーニバル。ザ・スパイダース、ザ・タイガース、ザ・テンプターズ。その輪の中にザ・ゴールデン・カップスもいた。また、俳優座で、日野皓正クインテット、スパイダース、カップスの面々で、「時は今/ジャズとロックの旗揚げコンサート」なんて先鋭的なこともやりましたね。

 堯之さんとは音楽的に意気投合して、エディ藩や、かまやつひろしさんも加えて、セッションアルバムを作ったこともある。発売はレコード会社の壁に阻まれてしまったけど。以降、いろいろなシチュエーションで声をかけてもらいました。

 75年には1年くらい、沢田研二のバックをやりました。堯之さんのアイデアで、ジュリーを支えるのは井上堯之バンドとミッキー吉野グループ。普通なら自分のバンドにブラスとかをつけるくらいだけど、考え方が斬新でした。比叡山のフリー・コンサートはいい思い出です。

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