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【桂春蝶の蝶々発止。】追悼・野村克也さん 「変わること」の素晴らしさを教えてくれた大監督 (1/2ページ)

 「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、すわりしままに食うは徳川」

 これは戦国でも最も有名な三将の天下の行方を表現した言葉ですが、これを私の大好きな阪神タイガースに置き換えますと、「野村がつき、星野がこねし天下餅、すわりしままに食うは岡田」となります。

 野村克也元阪神タイガース監督が11日、亡くなりました。南海、ヤクルト、楽天でも監督をされましたが、このコラムでは「阪神の元監督」と言わせていただくことをお許しくださいませ。

 思えば1998年、長期低迷した阪神タイガースに「三顧の礼」で迎えられたノムさん。あの時、われわれ阪神ファンはまだまだ未熟で、中国・三国時代の軍師、諸葛亮孔明のように思っていたのです。就任するや否や、優勝させてくれはると思っていました。

 しかし当時、阪神の選手人材難は極まっていました。

 打者の左右で、一塁と投手を入れ替える遠山-葛西-遠山-葛西の継投。赤星を中心とした俊足軍団「F1セブン」の結成。井川慶や藤川球児を育てた功績…。いろいろあれど、まさかの3年連続最下位。

 阪神ファンは「ノムさんでもダメなのか…」と思ったものです。阪神での3年間は名将の晩節を汚したとも言われていました。

 だが、その見方を払拭したのは、ノムさんも次期監督に推薦したという星野仙一さんでした。

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