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【ぼくらの90年代音楽論 30年前の「音楽」の「普通」】大谷能生×速水健朗(1) 音楽がサブカルチャーの真ん中にあった時代「あのころどんな感じだった?」 (1/2ページ)

 6月までこちらで、ニッポンの音楽教育の原点についての考察をおこなっていた大谷能生と申します。およそ一年の連載で、おもに明治時代の、唱歌教育が始まるにあたってのアレコレを取り上げてみたわけですが、今度は気分を一新して、といってもまた微妙に過去の話なんですが、「1990年代」のニッポンの音楽シーンについて、ぼくと同世代の人たちがどのような体験をして、それをどのように記憶しているのか、についてを、対談形式で原稿にしてゆくことをはじめたいと思います。

 わたくし大谷は1972年生まれの現在48歳。子年生まれの年男。90年代は18歳から28歳と、まさに音楽リスナーとしてはドンピシャ影響を受けた時代です。まあ、僕のことは置いておいて、90年代にそういう年頃だったいろんな同世代人に話を聞いて、30年前の「音楽」の「普通」について、あらためて確認できればいいなあと思っています。

 同世代といっても趣味も嗜好も仕事も生活スタイルも、現在はもちろん90年代当時から全然違っていたはずで、きわめて個人的な話を通して、多面的な「90年代音楽論」を構成できたらと。

 第一回目のゲストは、ライター/編集者/ラジオ・パーソナリティーの速水健朗氏。ぼくとは『ジャニ研!』(原書房)の仕事仲間であり、最近ではTFMの番組「TOKYO SLOW NEWS」のパーソナリティーとして著名ですね。収録は銀座のバーで、まだ夕刻の静けさの中でおこなわれました。それでは。

■速水健朗(はやみず けんろう) ライター。都市論、メディア論がテーマ。主な著書に大谷能生、矢野利裕との共著『ジャニ研 TWENTY TWENTY』単著に『1995年』(ちくま新書)、『東京どこに住む』(朝日新書)など。TOKYO FM『東京SLOW NEWS』(月~木)を担当。

■大谷能生(おおたに よしお) 音楽と批評。ミュージシャンとしてジャズを中心に、さまざまなバンドやセッションで活動。著作としては『平成日本の音楽の教科書』、『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』、『東京大学のアルバート・アイラー』(菊地成孔との共著)、『日本ジャズの誕生』(瀬川昌久との共著)、『身体と言葉』(山縣太一との共著)など多数。

大谷:速水くん、ゲスト参加ありがとうございます。90年代の音楽シーンについて、そのころ20代前後だった、つまりぼくと同世代の人たちに「あのころどんな感じだった?」って話を聞く連載をしたいと思いまして……90年代って、音楽がサブカルチャーのど真ん中にあった、という印象があるんだけど、その印象についても捉え直してみたいなあ、とか、そんな感じで、ファクトとかエビデンスとかは完全に無視して、自分はこうだった、っていう、きわめて個人的な話をむしろ中心にしていければと。

速水:当時どういったものを聞いていたとか、個々には憶えていても、古いものも好きだったし、ちょっと後追いだったりとか、ディティールは忘れてるよね。

大谷:そういった「思い出せない」ってことも含めて、記憶のあり方を記録しておきたいなあと。30年前への距離感含めてのドキュメントってことで。

速水:なるほど。思い出しながらやりましょう。